に突進するか、それさえ今は二人にわかっていないようであった。ただ殉国者の意気に燃え、自らかけた号令に服して、ミルキ国最後の二人は鉄扉に向って敢然とぶつかっていった。
その刹那、二人は黄色い火花に全身を包まれたと感じた。それが最後だった。二人は崖から飛んだように意識を失った――その瞬間にこの部屋は、百年もたった墓場のような静けさに還っていった。
だがこのとき、誰かが耳を澄ましたなれば、轢々と地底深く何物かを引きずるような怪しき物音が聞えてくるのに気づいたろう。その怪音は、厚い壁をとおして、地底から盛りあがるようにだんだんと大きくなっていった。やがてカンカンと金属性の音がしたかと思うと、不思議にも今まで大厳石を据えつけてあるように見えた正面の黒い第十室の鉄扉が静かに内部に向って徐々に動きだしたのである。何者が扉を開いているのだろう。
何者が扉の内側にいるんだろう。
開かれた第十室の入口から悠然と姿を現わしたのは誰でもなく、それは死んだとばかり思われていた博士コハクその人だった。彼はまるで甲虫そっくりな奇異なる甲冑姿で現われた。その後にはアネットに似た人造人間が、無慮五百体もズラリと静粛につき従っていた。
博士は甲冑に取りつけた第一の目盛板を廻した。博士の肩のところの放電間隙にボッと薄赤い火が飛んだ。すると今まで遠方に聞えていたミルキ国の音楽浴のメロディーが、スイッチをひねったようにパタリと停った。
次に博士は第二の目盛板を廻した。博士の後に従っていた人造人間が、無言のまま博士の横をすりぬけて行列正しく表に出ていった。そのうちの二人はペンとバラに代って、この室に居残った。人造人間はそれぞれミルキ国人に代って、枢要なる配置についたのだった。
博士は今や第三の目盛板を廻した。
すると、静かな、そして爽やかなメロディーが流れてきた。
間もなく室内のテレビジョン電話のスクリーンに一人の人造人間の顔がうつった。彼は博士の方を向いて口を開いた。「ミルキ国の法令できめられた音譜は、完全に破壊されました。それに代って、人間讃美の音楽浴が始められました」
博士は静かに肯いた。新しい人間性の讃美の音楽浴! 累々たるミルキ国の屍人たちはその新しい音楽浴を聞いて甦るのであろうか。
しかし冷たくなった死屍は、墓石のように動かなかった。
博士コハクは壮大なる操縦盤の置かれた、
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