吏を派遣しますよ」
「女大臣どの。博士コハクと同じように、私に死刑を与えて下さるのでしたら、只今でも結構ですよ。将来これ以上に劣等化する自分自身を発見するよりは、むしろ早く死んでしまった方が幸福です」
「お黙り、ホシミ。お前は只今より部長の任を解いて監禁します。天文部長は次席のルナミに嘱任します」
「ああルナミ。あの可哀想なルナミに天文部長は勤まりません」
「なぜ? それはなぜです」
「あの肉体も精神も弱いルナミは、音楽浴にすっかりのぼせ上ってしまって、観測などをするどころか、咽が裂けるような声で愛国歌を唄っては天文部の貴重な器機を片ッ端からスパナーでガチャンガチャン壊しては暴れ廻っています。あいつは音楽浴の刺戟にたえきれないで、可哀想に発狂してしまったんです」
「そんな莫迦な。――すぐわたしが行って見てやります。お前は嘘をついてわたしをおどそうとしているのだ」
 通話は、そこでとだえた。
 女大臣アサリ女史は身仕度にとりかかった。
 ミルキ閣下は心配げな顔をして、アサリの背後に近づき、「君が天文部へ行ってしまっては困るネ、それより、一刻も早くロケット艦の襲来に対して、索敵及び爆撃戦隊に命令を下して、戦闘準備を整えなきゃ間にあわないぞ」
 アサリ女史は、ぷんと頬をふくらました。それでも彼女は外出をやめて、早速索敵戦隊長と爆撃戦隊長のところへテレビジョン電話をかけた。
 しかし受影スクリーンには探す二人の姿は現われず、只空虚な四角い壁だけが映っていた。
「どうしたんだ、二人とも」
 とミルキ閣下が言った。
「いえ、只今丁度十時の音楽浴が始まっているところなんですよ」
 なるほど音楽浴のメロディーが遠くかすかに鳴っている。二人の隊長は、音楽浴の法令に従うため、廊下に[#「廊下に」は底本では「廓下に」]出てめいめいの座席についているのだった。ミルキ閣下は憤激の色を表わし、
「なんだ。困るじゃないか。戦闘準備をよそにして音楽浴に漬からせとくのかネ。この非常時に国民全体が部署を捨てて音楽浴をやっているなんて、そんなべらぼうな話はありゃしない」
「そんなことはありません。そうでもしなければ国民全体をこっちの自由にあやつることは出来やしませんわ」
「君は、火星のロケット艦が毒ガス弾を撃ちだしても、当国ではただいま音楽浴中だからそれが済むまでちょっとお待ち下さいっていうつもりだろう
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