国民の意気はどんなに沮喪することでしょう。閣下は国民に対して甘すぎます。彼等に睡る時間や喰べる時間や考えたり遊んだりする時間を与えるのは全く無駄なことです。そんなものは、彼等を倦怠に導き、そして堕落させる外に、何の効果もないのです。今の悪行為の流行も、その一つの証明です。だからわたしは、国を救うため、そして国民自身をも救うために、音楽浴を二十四時間にふやしたのです。それでもうまくききめが現われないようならわたしの理想とするのべつ幕なしの音楽浴を計画したいと思います。そうすれば国民全体を一人の人間に命令するように不揃いなしに右にでも左にでも向かせることが出来るのです」
「完全に自由を奪うのだね。それまでにしなくともいいだろうに」
「いえ、その方が国民にとっても、どのくらい幸福かしれやしません。国民が心配することは一つもなくなるからです」
「わしはいやだ」
「閣下は、政治家たる素質がおありにならないから、そうお思いになるのです。ではこうなさいませ。生れつきの政治家であるわたしに統治の全責任をお委せになったら。そして閣下は引退なさるのです。そうすればどんなにか気楽ですわ」
「莫迦を言え。それは陰謀だ。わしはミルキ国の永遠の統治者だ。お前にはまかさんぞ」
「ホホホホ。何とおっしゃっても、もうこの国も閣下も、わたしのものですわ。わたしは今ではこの国一番の智慧者なんですもの。閣下は私を力になさるより外に、途がないのですもの。ホホホホ」
女大臣アサリ女史は、頬骨の高い顔をつきだして、ふてぶてしく哄笑した。
ミルキ閣下は、やっと今になって、女大臣の策動にかかって、愛する美しきミルキ夫人と智慧の神コハクを喪ったことを知り、じだんだ踏んだが、後悔は先に立たなかった。彼は今や、女大臣アサリの男妾にまで下落しようとしている自分自身に気がついた。
それから三十分ほどたった後のことであった。突如として非常警報がミルキ国の全土を震駭《しんがい》させた。すわ、何事であろう。
或いは高く或いは低く鳴奏される警報を耳にした国民は、誰の顔もいいあわせたように不安の想いに青ざめて、高声器の前に集まった。それは天文部長ホシミから発せられたものであった。
「警報! 天文部長発表。八時四十分観測員は北極星より南東十度の方角に当って、奇怪なるロケット艦を発見せり、その後引続き観測の結果、該ロケット艦の進路
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