のためを思えばこそです。この非常時に、閣下が人造人間にうつつを抜かしていられるなんてことが住民に知れわたったら、彼らはどんなに騒ぐことでしょうか。今こそ、かねてわたしが申しておきましたとおり、非常政策を遂行するべきときなのです。賢明なる閣下に、それがおわかりにならぬはずはないと存じますが」
 閣下は、アサリ女史の言葉に反対はしなかった。だがそっぽを向いて独白した。
「――わしは檻のない監房に入っているのも同様だ。わしはもう永遠に美しい女性を手に入れることが出来ないんだ」
 アサリ女史は閣下の独白が聞えないような様子を装っていた。そして閣下をまた元のようにテーブルの前に坐らせると、醇々と国策問題を述べだしたのであった。
「さあ、ミルキ閣下。わが国は今日より非常推進を行うのです」
「非常推進か。それでどうしようというのかネ」
「ミルキ国の地下には、金鉱が無尽蔵に埋没されています。あれをこの際向う一週間で全部採掘するのです」
「誰が採掘するのか。僅か一週間で採掘するなんて、第一人手も足りなければ、機械だって揃わないぞ」
「そんなことは訳はありません。わたしに委せておきなさいませ」
「委せておけって。フフン、どうせ失敗するのはわかりきったことだ。博士コハクが生きていりゃ、彼なら立派にやりとおすだろうとは思うがネ。君は政治家であっても、絶対に科学者ではない」
「科学者の要るのは始めのうちだけです。ここまで来れば、あとは運用だけです。いかに巧みに運用して大きな事業をやるか、それは政治家でなくては駄目なんです。科学が政治を征服することは絶対にありませんが、政治はいつも科学を征服しています」
「そう思っていたよ、昨日まではネ。しかし人造人間アネットに会ってからは、その考えがグラグラして来た。ああ美しいアネット。あのアリシア区の第十室の奥には、アネットよりもっと美しい人造人間が百人も千人もいるのかもしれない。全く科学は偉大な力だ」
「科学よりは黄金です。わたしは一週間で地下の黄金を掘りだして、そしてミルキ国のあらゆる道路も部屋も天井も壁もすべて黄金づくりにしてしまうのです。なんと素晴らしい計画じゃありませんか。ミルキ国は黄金でもって世界を支配するのです」
「世界を支配するって。黄金よりも鉄だ。黄金では戦争は出来ない」
「いえ、黄金さえあれば、ミルキ国に代って鉄でまもってくれる国はいく
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