。そしてその合間々々に、会話がとりかわされた。
「博士。貴下の設計になる音楽浴は、すばらしき効果をあげています。ミルキ閣下においても、殊の外の恐悦です。わたしもまた、敬意を表するにやぶさかではありません」
博士は黙って首を下げた。
「しかしですネ、博士」と夫人は酒の盃を下に置いて、「音楽浴の勲功も大きいが、その一方において音楽浴が同時に大きな罪悪をも、もたらしているということを気にしないでいられません」
博士は身体を硬直させたまま口だけを動かして、
「罪悪とは?」
「それは人間性への反逆だからです。第39[#「39」は縦中横]番の国楽は、支配者の勝手きままな統制条件だけでできています。それは人間をあやつるのに最も都合のいいように、あらためることにあって、そういうあらため方を生きた人間に加えてはたして無理がないであろうかという考慮が払われていません。事実、あの音楽浴のお蔭で国民は体躯においても活動力においても品行においても、みちがえるように立派になりました。だが一方において人間性を没却したことは、国民の身体の中にある毒素の欝積をもたらしています。それは日夜積み重なって、今にきっと爆発点に達するでしょう。わたしは国民の一部が、すでにこの毒素の欝積に気づいているものと見ています」
「毒素の欝積があるとしても、毎日十八時の音楽浴がそれを解消しているではありませんか」
「解消したように見えるだけです。一時は本当に解消するのでしょう。しかしそれは完全に解消するのではありません。麻酔はどこまでいっても麻酔です。賢明なる貴下がそれに気がついていないはずはないのです」
「ミルキ夫人よ。私は閣下に忠誠を誓い、そしてご命令によって動いているだけの学者なのでございます」
「お黙りあそばせ。貴下は音楽浴や人造人間を発明する科学者にすぎないと言うのでしょうが、どうしてどうして、貴下は科学者だけなものですか。貴下は科学者であるよりも、数等卓越した政治家なんです。ミルキ閣下などはそばへ寄れないくらいの偉人なんです」
「お言葉が過ぎるようにぞんじます。私は忠誠を誓う一国民にすぎません。ご命令によって忠実に動くことが精々な人間です」
「そんなことがあるものですか。この国をミルキが支配するよりも、貴下が支配するほうがどのくらいいいかしれないのです。貴下が支配者になれば、わたし自身も今の百倍も幸福にな
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