えるはずがないですがね」
「そう思うでしょう。しかしそうじゃないんです。君がじっさいそこへ行ってみれば分りますよ」
「近くなんですか」
「いや、近くではないです。かなり遠いです。しかし高速の乗物で行くからわけはありません」
正吉は区長さんのいうことが理解できなかった。土地がせまくなったところへ、海外から大ぜいの同胞《どうほう》がもどって来たので、たいへん暮しにくくなり、来る年も来る年も苦しんだことを思い出した。中でも一番苦しかったのは、食糧だった。
「ああ、そうそう」と正吉はいった。
「ねえ区長さん。田畑《たはた》や果樹園《かじゅえん》はどうなっているのですか。地上を攻撃されるおそれがあるんなら、地上でおちおち畑をつくってもいられないでしょう」
「そうですとも。もう地上では稲《いね》を植えるわけにはいかないし、お芋やきゅうり[#「きゅうり」に傍点]やなす[#「なす」に傍点]をつくることもできないです。そんなものをつくっていても、いつ空から恐ろしいばい菌《きん》や毒物をまかれるかもしれんですからね。そうなると安心してたべられない」
「じゃあ農作物は、ぜんぜん作っていないのですか」
「そんなことはありません。さっきあなたがおあがりになった食事にも、ちゃんとかぼちゃ[#「かぼちゃ」に傍点]が出たし、かぶ[#「かぶ」に傍点]も出ました。ごはんも出たし、もも[#「もも」に傍点]も出たし、かき[#「かき」に傍点]も出た」
「そうでしたね」
「では、まずそこへ案内しますかな。ちょうどよかった。すぐそこのアスカ農場でも作っていますから、ちょっとのぞいていきましょう」
アスカ農場《のうじょう》だという。地上には田畑も果樹園もないと区長さんはいっている。それにもかかわらず農場と名のつくところがあるのはおかしい。まさか、地中にその農場があるわけでもあるまい。地中では、太陽の光と熱とをもたらすことができないから、農作物が育つわけがない。
「ここです。はいりましょう」
大きなビルの中に案内された。こんな会社のような建物の中に、いったいどんな農場があるのであろうか。
が、案内されて三十年後の地下農場を見せられたとき、正吉はあっとおどろいた。
かぼちゃ[#「かぼちゃ」に傍点]も、きゅうり[#「きゅうり」に傍点]も、いねも昔の三等|寝台《しんだい》のように、何段も重《かさ》なった棚《たな》の上にうえられていた。みんなよく育っていた。
「このきゅうり[#「きゅうり」に傍点]を見てごらんなさい[#「ごらんなさい」は底本では「ごらんさい」]」
そこの技師からいわれて、正吉はそのきゅうりをみていた。
「おや、このきゅうりは動きますね。おやおや、どんどん大きくなる」
正吉はびっくりしたり、きみがわるくなったり、これは、おばけきゅうりだ。
「この頃の農作物は、みんなこのようなやり方で栽培《さいばい》しています。昔は太陽の光と能率《のうりつ》のわるい肥料《ひりょう》で永くかかって栽培していましたが、今はそれに代って、適当なる化学線と電気とすぐれた植物ホルモンをあたえることによって、たいへんりっぱな、そして栄養になるものを短い期間に収穫《しゅうかく》できるようになりました。こんなきゅうりなら、花が咲いてから一日|乃至《ないし》二日で、もぎとってもいいほどの大きさになります。りんご[#「りんご」に傍点]でもかき[#「かき」に傍点]でも、一週間でりっぱな実となります」
「おどろきましたね」
「そんなわけですから、昔とちがい、一年中いつでもきゅうり[#「きゅうり」に傍点]やかぼちゃ[#「かぼちゃ」に傍点]がなります。またりんご[#「りんご」に傍点]もバナナもかき[#「かき」に傍点]も、一年中いつでもならせることができます」
「すると、遅配《ちはい》だの飢餓《きが》だのということは、もう起らないのですね」
「えっ、なんとかおっしゃいましたか」
技師は正吉の質問が分らなくて問いかえした。正吉は、気がついてその質問をひっこめた。まちがいなく五十倍の増産がらくに出来る今の世の中に、遅配だの飢餓だのということが分らないのはあたり前だ。
海底都市《かいていとし》
動く道路を降りて丘《おか》になっている一段高い公園みたいなところへあがった。もちろん地中のことだから頭上には天井《てんじょう》がある。壁もある。その広い壁のところどころに、大きな水族館《すいぞくかん》の水槽《すいそう》ののぞき窓みたいに、横に長い硝子《ガラス》板のはまった窓があるのだった。
その窓から外をのぞいた。
「やあ、やっぱり水族館ですね」
うすあかるい青い光線のただよっている海水の中を、魚の群が元気よく泳ぎまわっている。こんぶ[#「こんぶ」に傍点]やわかめ[#「わかめ」に傍点]などの海草の
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