その一例だが君たちではなく、もっと身体の形のちがった者が来たこともある。彼らは、ながくいなかった。みんな帰ってしまった……彼らは、われわれの仲間をつれていった。それっきり、帰ってこない。君たちは、そういうわるいことをしないようにしてくれ……めずらしい、うまいたべものをたくさん、われわれにくれ……」
 水棲魚人からはこんなことしかきくことができなかった。
 しかしこのかんたんな返事の中からも、重大な発見がいくつかあった。
 すなわち、光る怪塔は、はじめて見るものであるということ。
 人類以外の生物が、今までに、この付近へ着陸したことがあること。
 この二つは、非常な重大なことであった。大警戒が必要となった。あの怪塔から、人類以外の生物がとびだしてくる可能性は十分にあるのだ。そのときマルモ探検隊が最悪の危機をむかえることは、今さら覚悟をあたらしくするまでもないことだった。
 このへんで、マルモ隊長は、はらをきめなくてはならない。


   意外な正体


 ついに、決死の偵察隊が、光る怪塔のところへ派遣《はけん》されることになった。
 その人選は、マルモ隊長がした。
 カンノ博士が偵察隊員に任ぜられた。
 それからカコ技師に、タクマ機関士、それに正吉少年の四名だった。
 ところがコックのキンちゃんが、ぜひつれていってくれといってきかない。ことに、彼は正吉少年の身の上を心配して、正吉が行くところへは、ぜひ自分を護衛者《ごえいしゃ》としてやってくれと、隊長へ熱心にねがった。
 そのあげく、キンちゃんの願いは、ついにゆるされた。正吉とキンちゃんとは大よろこびで抱《だ》きあった。
「それでは、行ってきます」
 と、カンノ博士は、さすがに顔をかたくして、マルモ隊長以下に別れのことばをのべた。
「成功をいのる。みんなの運命が、君たちの行動にかかっているんだから、自重《じちょう》してくれたまえ」
 マルモ隊長は、そういって、目をまたたいた。
 一行五名は出発した。
 のこる隊員は、やはり怪塔への監視をゆるめなかった。もし塔内から何者かあらわれた場合にはすぐ信号をもって、カンノ偵察隊へ知らせることに、手はずができていた。
 だが、怪塔はしずまりかえっていた。いつまでたっても、ネズミ一匹も出てこなかった。それだけにますます気味がわるくてしょうがなかった。
 あまり遠い道のりでもないので、カンノ博士一行は、やがて光る怪塔に近づくことができた。
 そばへよって見ると、いっそうすばらしい建造物であった。
 しーんとしている。ただ塔は、青白く光っている。
 塔のまわりをまわった。塔には、窓もないし、入口らしいものもない。ただ円柱《えんちゅう》がより集まって、高い塔をつくっているだけだ。
「文字みたいなものがありますね。一階が二階につくところですよ。たしかに文字だ」
 そういったのは、正吉だった。
 それは装飾《そうしょく》のように見えた。しかし、正吉のいったように、文字だと思ってみると、文字のようでもあった。アルファベットなのである。
「なるほど、これはふしぎだわい」
 カンノ博士も、急に目をかがやかせて、それを見上げた。
 文字は、へこんでいた。それが熱のために摩滅《まめつ》したと見え、文字として残っていたのだ。
「なんの文字? 人間の使う文字かい」
 キンちゃんが正吉の腕をゆすぶる。
「アルファベットだよ。人間の使う文字だ」
「そうかい。なんだ、おどろかされたね。それじゃ、この塔は地球からとんで来たものじゃないか。中には、うんとごちそうが入っているんだろう」
 キンちゃんは、ずばりといった。
 まさか――と、正吉は思ったし、カンノ博士たちも、そこまでは考えなかった。
 ところがキンちゃんのいったことはだいたい的中したのだった。
 文字を読んでみると、次のような文章になった。
「マルモ探検隊に贈る。この資材を有効に使って、大探検に成功せられるよう祈る。ニューヨーク市マンハッタン街、世界連盟本部科学局より」
 読み終って、カンノ博士たちは、へたへたとその場にしりもちをついた。それは緊張の頂上から、安心の谷へ、一度に落ちたからであった。
 他の遊星と出会いおそろしい争闘がはじまるものと覚悟して、おそるおそる近づいた光る怪塔は、そのような恐怖すべき危険なものではなく、そのあべこべのものだったのである。まったくそんなことを予期もしていなかったのに、マルモ探検隊のことを心配して地球上から見まもってくれていた世界連盟本部からの温かい貴重な贈物だったのである。救済物資《きゅうさいぶっし》がいっぱいはいっている塔だったのである。食糧、衣料、燃料、機械工具などいっぱいつまっている。飛ぶ倉庫だったのである。アメリカの持つすぐれた科学技術だ。一本一本の円筒《えんとう》の中に、それらのものがていねいにはいっていた。もちろんそれを開く方法も記されてあった。
 キンちゃんの第六感は、するどく命中したのであった。
「キンちゃんは、すごいんだね。見直したよ」
 と正吉はキンちゃんの手を握って振った。
 マルモ探検隊は、これらの物資を十分に有効に使い、それから三ヶ月間火星に踏みとどまって火星の探検を十二分に果たし、その翌年早々無事に地球へ帰還した。
 もちろん一行は大歓迎を受けたが、隊長以下は休むひまもなく探検報告のため、各地を訪問した。
 正吉もキンちゃんも、いつも一行に加わっていた。正吉はマルモ隊長の秘書をつとめ、キンちゃんはあいかわらず、一行のためにおいしくて栄養たっぶりな食事を用意するのを仕事にしていた。
 マルモ隊長は、報告の最後のところを、かならず次のようなことばで結ぶのであった。
「われわれ地球人類は、このさい急いで大宇宙探検計画をたて、一日も早くそして一人でも多くその探検に出発するのでなければ、やがて他の遊星生物のためにお先まわりをされてしまって、地球人類の発展はきゅうくつになるおそれがあると信じます。
 世界の人々は今すぐにも手をとりあって、この重大なる仕事にかかりたいものです」
 さすがにマルモ隊長は、未来をよく見ている。地球人類の繁栄は、たしかにマルモ隊長の指し示す方向にある。それを早くさとって実行にうつすのが、世界人だ。少年少女たちは、やがてかならずこの重大な仕事につくのだから、今からいっそう勉強しておかなくてはならない。



底本:「海野十三全集 第13巻 少年探偵長」三一書房
   1992(平成4)年2月29日初版発行
初出:「少年読売」
   1948(昭和23)年3〜12月
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2001年7月17日公開
2007年8月29日修正
青空文庫作成ファイル:
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