しいからであろう。
が、もしこのとき、目をうしろにやったとしたら、どうであろう。彼はびっくりさせられるであろう。
艦長が妙な命令を出したのも、じつはうしろをふりむいてびっくりさせないためであったのだ。
それはちょうど出発後四日目のことであった。正吉は、窓の外をのぞく絶好の機会をつかんだ。
通路を歩いていると、頭の上で、へんな声をあげた者がある。
何だろうと思って、正吉は上を見た。
すると、通路の天井の交錯《こうさく》した梁《はり》の上に、一人の男がひっかかって、長くのびているではないか。
「あぶない」
正吉は、おどろいた。放っておけば、あの人は、梁《はり》の間から下へ落ち、頭をくだくことであろう。早く助けてやらねばと思った。
他の者をよぶひまもない。正吉は、傍《かたわら》の柱にとびついて、サルのように上へのぼっていった。木のぼりは正吉の得意とするところだ。
天井までのぼり切ると、あとは梁を横へつたわって進んだ。まるでサーカスの空中冒険の綱わたりみたいだ。
(早く、早く。あの人が梁から落ちれば、もうなんにもならない)
じつにきわどいところで、彼の身体は梁でささえられている。まるで天秤《てんびん》のようだ。
正吉は、やっとのことで、その人の身体をつかまえた。つかまえたのと、その人が息を吹きかえしたのとほとんど同時であった。
「あーァ」
その人は呻《うな》った、見るとそれは料理番の若者で、キンちゃんとよばれている、ゆかいな男であった。
「キンちゃん。どうしたの。しっかり」
正吉は、梁のむこうへ落ちて行きそうなキンちゃんの身体を、一所懸命おさえながら、キンちゃんをはげました。
「あッ、こわいこわい、おれは気が変になる。助けてくれッ」
キンちゃんは、両手で顔をおさえて変なことを口走る。
「キンちゃん。おかしいよ、そんなにさわいじゃ。ぼくは小杉だよ」
「小杉?」
キンちゃんは、ようやく目をあいて、正吉を見た。そしてホッと大きな溜息《ためいき》をついた。おなじみの正吉の顔を見て、安心したのであろう。
「こんなところで、何をしていたの」
と正吉がきくと、キンちゃんはまた顔をしかめて苦しそうにあえぎだした。
「こわい、こわい、正ちゃん。その窓から外を見ない方がいいよ。気が変になるよ」
「あッ、そうか。君は窓から外を見たんだね。艇長に叱《しか》られるよ」
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