る。そしてこれはどこか風車か、タービンの羽根ににている。
 空気のあるところをとぶときは、このつばの羽根が、はじめ水平にまわり、離陸したあとは、すこしずつ縦《たて》の方へ傾《かたむ》いていって、斜《なな》めに空を切ってあがる、なかなかおもしろい飛び方をする。
 そして、もう空気がほとんどないところへ来ると、このつばの羽根が、球から離れる。
 そのあとは球《きゅう》だけとなる。この球がロケットとして、六個の穴からガスをふきだして、空気のない空間を、どんどん速度をあげて進んでいくのだ。
 球形の外郭《がいかく》には、たくさんの窓があいている、もちろん穴はあいていない。厚い透明体の板がこの窓にはまっている。そしてこの窓は暗黒の中に美しい星がおびただしく輝いている大宇宙をのぞくために使う。
 新月号のこの球の直径は、約七十メートルある。だから両国の国技館のまわりに、でっかい円坂をつけたようにも見える。
 この新月号は、ただひとりで宇宙の旅をすることになっていた。
 こういう形のロケットは、今まであまり見受けなかったことで、あぶながる人もいた。学者の中でも、疑問をもっている人があんがい少なくなかった。
 しかし、この新月号の設計者である、カコ技師は、安全なことについては、他のどのロケットにもまけないといっていた。そして、それを証明するために、自分も機関長として、新月号に乗組み、この探検に加わることとなった。
 それでは、新月号の艇長は、いったい誰であろうか。これこそ宇宙旅行十九回という輝かしい記録をもつ有名な探検家マルモ・ケン氏であった。カンノ博士は、観測団長だった。
 スミレ女史が通信局長であった。女史は、正吉を冷凍から助けだしてくれた登山者中の一人であった。
 こうして新月号に乗組んだ者は、正吉をいれて総員四十一名となった。
「はじめて宇宙旅行をする者は、地球出発後七日間は、窓の外を見ることを許さない」
 こういう命令を、マルモ艇長《ていちょう》は、出発の前に出した。
「なぜ、あんな命令を出したんだろう」
 と、正吉はおもしろくなかった。飛行機に乗って離陸するときでさえ、たいへん気持がいい。ましてや、このふう[#「ふう」に傍点]がわりの最新式ロケット艇の新月号で離陸せるときは、さぞ壮観《そうかん》であろう。だからぜひ見たい。
 また高度がだんだん高くなって、太平洋と太西洋
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