彼は、こんどは失敗しないで、段の上へよじのぼることができた。そしてガラス天井に、はじめて手をつけた。それはひやりとして、思ったよりは、ずっと厚かった。
失望するのは、死のちょっと手前のことにして、八木君はさっそくジャック・ナイフでガラス天井をつきあげた。
きいーッと、いやな音がして、ナイフはガラスの表面をつるりとすべった。ガラスの方がナイフより硬いのだ。
ナイフの柄《え》の方をかえし、それを金づちがわりにして、下から、がんがんとたたいてみた。ガラス天井は、そのままだった。ナイフの柄についていた角材がかけた。これもだめだ。
「まだもう一つ、やってみることがある。ガラス天井の端《はし》まで掘ることだ。そこまで掘れば、上にあがる穴ができるかもしれない」
八木君は、最後の望みをこのことにかけていた。
ガラス天井が土壁にささえられている。そこを横に掘っていくのだ。彼は、刻々にましてくる水面をにらみながら、ジャック・ナイフの刃《やいば》を水平にして、ガラス天井の下を横に深くえぐっていった。ナイフの刃とガラスがいきおいよくぶつかって、赤い火花が見えることもあった。そしてガラス天井の下は、だんだん奥深く掘れ、八木君のからだが横にはいれるほどになった。
八木君はそれをよろこんだ。
が、すぐ次に絶望が待っていた。
というのは、土の壁の奥が、はっしと音がして、そこにあらわれたのは巨大なる岩であった。その岩を掘ることはできない。最後の希望をかけて、彼はガラス天井の端を上へおしあげてみた。だが重いガラス天井は、びくともしなかった。
「ああ、もうだめか」
八木君ががっかりして頭をさげると、頭は濁水《だくすい》の中にざぶりとつかり、彼はあわてて頭をあげた。するとごていねいに、頭をガラス天井にいやというほどぶつけてしまった。
水は、あと十センチばかりで天井につくんだ。彼の生命《せいめい》もついにきわまった。
それまではりつめていた気持が、絶望と共にいっぺんにゆるんだ。八木君は意識をうしない、からだはぐにゃりとなって水の中に沈んだ。
もう、おしまいだ。
覆面の囚人《しゅうじん》
だが、もし他の人がいて、この場の光景をもうすこし眺めていたとしたら、その人は、意外なる出来事にぶつかって、大きなおどろきにうたれたことであろう。
八木君は、もはや死体のようになってガラス
前へ
次へ
全40ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング