|瓶《びん》の中に水を張ったのでは、大伴《おおとも》の黒主《くろぬし》の手を借らずとも、今日5098の文字は消え失せているに違いなかろう。
さて、その次は、
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四、寝台《シンダイ》。木ヲ組合ワセテ作リタル丈夫《ジョウブ》ナルモノ。台ノ内側又ハ蒲団綿《フトンワタ》ノ中に、朱筆《シュヒツ》ヲ以テ6033ト記シタル唐紙片《トウシヘン》ヲ発見セラルベシ。
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途方《とほう》もない騒ぎとなった。租界中の誰も彼もが、白い綿ぎれ、鼠色《ねずみいろ》の綿ぎれ、鼠の小便くさい黒綿《くろわた》ぎれを頭からかぶって、何のことはない綿祭りのような光景を呈した。
黄浦江《こうほこう》は、あの広い川面《かわも》が、木製の寝台を浮べて一杯となり、上る船も下る船も、完全に航路を遮断《しゃだん》されてしまって、船会社や船長は、かんかんになって怒ったが、どうすることも出来ない。しかし乗客たちは、安全に陸に上ることが出来た。その浮かべる寝台の上を伝《つた》い歩いて渡った結果……。
「おい、あの金博士め、けしからんぞ」
「なんだなんだ、なぜ、博士はけしからんのか」
「わしが案ずるところによると、金博士は、豪商《ごうしょう》に買収されているのにちがいない」
「買収されているって。それは、なぜそうなんだい」
「だって、そうじゃないか。第一は柱時計、第二は水甕、第三は花瓶、第四は寝台というわけで、今までのところで、この租界の中に於て、この四つの品に限り全部おしゃか[#「おしゃか」に傍点]になってしまったではないか。われわれは今夜から寝るのを見合わせるわけにも行かない。つまり寝台を新たに買い込まにゃならぬ。花瓶はちょっと縁《えん》どおいが、水甕《みずがめ》だって時計だってすぐ新しく買い込まにゃならぬ。そうなると、商人は素晴らしく儲《もう》かるではないか。なにしろべら棒に沢山売れることになっているからなあ。それに彼奴《やつ》らのことじゃから、足許《あしもと》を見て、うんと高く値上げするにきまっている。つまり、金博士は、商人に買収されて、あんな警告文を出したのにちがいないと思うが、どうだこの見解は……」
不断《ふだん》から冷静を自慢している一人の男が、咄々《とつとつ》として、こんな見解をのべたのであった。
「なるほどねえ、それは大発見だ」
と、相手の大人が手を
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