あそのくらい騒ぐのも無理ならぬことのようにも考えられる。すなわち、まず第一号を読んでみると、

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一、八角形ノ文字盤《モジバン》ヲ有シ、其ノ下二振子函《フリコバコ》アル柱時計ニシテ、文字盤の[#「文字盤の」はママ]裏ニ赤キ「チョーク」ニテ3036ノ数字ヲ記《シル》シアルモノ。
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 とある。
 冗談じゃない。この説明にあるような柱時計は、すぐ一目で特異性《とくいせい》を看破《かんぱ》し得らるるような、どこにもここにもあるという物品《ぶっぴん》ではないというわけではなく、そこら中《じゅう》、どこにも至るところにぶら下っているだろうところの柱時計を指している――いや、ややこしいものの云い方である。簡単にいうと、それは極めて普通の古い柱時計を指しているのであるから、さてこそ上は財閥《ざいばつ》の巨頭《きょとう》から、下は泥坊市《どろぼういち》の手下《てした》までが、あわてくさって、椅子とともに転がった次第である。
 後日の調べによると、その日のうちに、租界《そかい》の中だけでも、三千百四の柱時計がめちゃくちゃに解体されたそうで、そのほか黄浦江《こうほこう》の中へ投げこまれたものが六百何十とやらにのぼったという。まことに人騒がせなことをやったものである。
 しからば、柱時計を持っていない連中は、さぞ悠々自適《ゆうゆうじてき》したであろうと思うであろうが、そうでもなかった。なるほど、当該《とうがい》の彼および彼女は柱時計なぞを持っていないから、自分の家または居間については安心していられるが、もし隣家《となり》に、この恐るべき古い柱時計があるとしたらどうであろう。またアパートに住んでいるとして、階上《うえ》又は階下《した》の部屋に、この恐るべき柱時計めが懸っていたとしたならどうであろう。どっちの場合も、人様《ひとさま》のおかげをもって、どえらい傍杖的《そばづえてき》被害を喰《くら》う虞《おそ》れが十分に看取《かんしゅ》されたものだから、どうして落付いていられようか。やっぱり、椅子と共に半転《はんころ》がりとなって、近いところから始めて、近隣《ちかま》の間《ま》にのこらず侵入しては、頸《くび》の痛くなるまで柱時計を探して廻ったことであった。だから、租界中が、この柱時計のことだけでも、どんなに名状《めいじょう》すべからざる混乱に陥《おち
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