から、そんなにこわがることはない」
 おじさんに元気づけられて、三四郎はようやく顔をあげ、映写幕へそっと目をやった。もはや天空に火の魔の乱舞は見られなかった。兄月の冷たい光だけが、空にあった。下半分はアトランチス大陸が、鯨の背のように黒ずんで、海の上に浮かんでいた。
 このとき海が、にわかにふくれ上った。高く高くふくれ上がる。あたらしい大陸が出来て、それがうごき出したのかと思ったくらいであったが、事実は黒い海水がふくれあがったのだ。高く高くアトランチス大陸の山脈よりももっと高く! そしてそのふくれた海は、ずんずんと大陸へ近づいて来るのであった。
「あっ、津波だ。すごい津波だ。アトランチス大陸が、津波にのまれてしまう」
 三四郎は、思わず叫んだ。
「そうだ。アトランチス大陸が、今や波にのまれてしまうのだ。そしてすばらしい文化を持ったその大陸が、永遠に波の下にのまれてしまうのだ。人もけだものも、それから鳥やコウモリまでも、みんな翼の力が及ばないで、波の下にのまれてしまうのだ」
 そのとおりだった。三四郎は、おそろしくも悲しきアトランチス大陸と人と生物との最後を見とどけた。そのために彼は、全身の力をつかい切ったと思った。

   希望の光は

「なぜ――なぜアトランチス大陸は、海の下に沈んでしまったの」
 三四郎は、あえぎながら、たずねた。
「月の一つがなくなったら、地球の上の潮のみちひきが急にかわったのだ。月の海水に働く引力によって、潮のみちひきが起り、また海の水の高さがきまるのだ。月が一つなくなったために、アトランチス大陸のところでは海の水位があがって、大陸をのんでしまったのだ。自然の力は、大きいもんだね」
「人間の力なんて小さいですね」
「そうもいえまい。だってアトランチス大陸は亡んだが、それから一万年以上たって今はどうであろう。このとおり人間はいたるところにふえ、世界は栄えているのだ」
「そうだ。いつの間にか人間がふえた」
「文化も進んだ。アトランチス時代には、思いもつかなかったことだが、今は人類は空をとぶことも出来る。また原子力を使って、大きな土木仕事をおこしたり、宇宙旅行をすることも、やがて出来るのだろう。もしアトランチス時代に飛行機があり、原子力を使うことを知っていたら、多数の人が、他の大陸へ渡って生き残ったかもしれない。――自然の力も大きいけれど、たゆまず努力していく人間の力もまた、ばかにならないものだ」
「敗戦日本には今一台の飛行機もないけれど、わたしたちと同じ同胞であるアメリカ人やイギリス人やソ連人などは、たくさんの飛行機を持っている。だから人類全体として考えると、わたしたちはやっぱり飛行機をうんと持っていることになるんだ。そうですね、おじさん」
「そういう考え方をしてもいいね。日本人がもっともっとりっぱな行いをするようになって、世界の人々から信用されるようになったら、そのときには日本人にも飛行機をのりまわすことが許されるだろう。悲観することはない」
「じゃあ、原子力を使って、宇宙旅行をする日もやがて来ますか」
「日本人に対する信用が回復すれば、そういう日も来るにきまっている」
「うん。そんなら、いいなあ。じゃあ、ぼくたちは今からうんと勉強をしておかなくてはね。さあたいへんだ。急に仕事がふえたぞ。ぐずぐずしていられないや」
「三四郎君。君は今日うちへ来たとき、生きているのがいやになったといってたが、今はどうだね」
「おじさん。あんなことは、もう思っていませんよ。それよりも、ぼくはうんと長生きをしたいと思うようになりました。うんと長生きをして、われらの世界同胞のために、すばらしい発明をしたり、住みよい世界をつくったり、そのほかすることがうんとふえましたよ」
「それはよかった。きみの考えがかわって……」
「今ぼくらは苦しいのだの、つまらないのだの思っているけれど、アトランチス人の最後のことを思うと、ぼくらは元気を出さなくてはならないと思いました」
「それを聞いたら、あの人たちも浮かばれることだろう」



底本:「海野十三全集 第11巻 四次元漂流」三一書房
   1988(昭和63)年12月15日第1版第1刷発行
初出:「まひる」
   1947(昭和22)〜1948(昭和23)年頃(掲載年月日不詳)
入力:tatsuki
校正:kazuishi
2005年12月3日作成
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