いませんよ」
 そういいながらレッド老人は、金網の小さい口を開けてなかから一匹の鼠を取出しポケットに入れ、そしてまた元のように金網の入口を閉めた。
「さあ、これでいいでしょう。もう一度数えてみて下さい。籠の中の鼠は二十匹となりましたぜ」
 ワイトマンは再び籠の中に顔を近づけ、念のためにもう一度、籠の中の鼠を数えた。ゴソゴソ匍いまわっている鼠は、確かに二十匹だった。
「よォし、二十匹だ。無税だァ」
「へえ、有難うござんす。それでいいんですね。じゃ通して貰いましょう」
 レッドは籠を卓子《テーブル》の上から持ち上げた。
 途端にワイトマンが叫んだ。
「オイ待て。――」
「なんですか、旦那」
「貴様は、もう許しておけんぞ。この卓子の上を見ろ」
 ワイトマンが憤りの鼻息あらく指さしたところを見ると、彼の大事にしている丸卓子の上は、鼠の排泄した液体と固体とでビショビショになっていた。
 レッドは鼠の籠をぶら下げたまま、頭を掻いた。そして腰にぶら下げてあった手拭を取って、卓子の上を綺麗に拭った。そしてワイトマンの宥恕《ゆうじょ》を哀願したのだった。
「レッド。勘弁ならぬところだが、今日のところは大目に見てやる。一体こんな金網の籠に時を嫌わず排泄するような動物を入れて持ってくるのが間違いじゃ。この次から、卓子の上に置いても汚れないような完全容器に入れて来い。さもないと、もう今度は通さんぞ」
「へえい。――」
 レッド老人は恐縮しきって、ワイトマンの前を下った。そして税関の横の小門から出ていった。そこはもう白国の街道であった。
 街道を、レッド老人は大きなパイプからプカプカ煙をくゆらしながら歩いていった。そして思い出したように、鼠の籠の入口を開けて、ポケットに忍ばせて置いた員数外の鼠を中に入れてやったのである。

 梅野十伍はペンを下に置いて、湯呑茶碗の中の冷えたる茶を一口ゴクリと飲んだ。
 これは探偵小説であろうかどうか。
 密輸入はたしかに探偵小説の題材になるが、今書いた小説は、探偵小説というよりも落語の方に近い。つまりそのヤマ[#「ヤマ」に傍点]は、税関吏ワイトマンが籠の中の鼠の数ばかりに気を取られていたこと、それから犯人レッドが至極無造作に員数外の鼠を籠から除いて、ワイトマンに疑いを抱かせる遑《いとま》もなく至極自然にそれをポケットに収《しま》いこんだことにある。これはナン
前へ 次へ
全21ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング