ァ。――」
 レッドの銅鑼ごえに(この前にドラを銅羅と書いたのは誤り。どうもすこし変だと思って今辞書を引いてみると、ラの字は金扁《かねへん》があるのが正しいのであった。小説家商売になるといちいち字を覚えるだけでもたいへん骨の折れることだった)――そのレッドの銅鑼ごえに奥の方から役人ワイトマンが佩剣《はいけん》のベルトを腰に締めつけながら、睡むそうな顔を現した。(と書くと、この国境の税関には余り事件もなく、かなり平和な呑気な関所であることが読者に通じるだろうと、作者梅野十伍はそう思いながら、こう書いたのである)
「なあンだ、レッドか。また鼠の籠を持ちこもうてえんだろう。あんまり朝っぱらから来るなよ。鼠なんか夕方で沢山だ」
 ワイトマンはいささか二日酔の体で、日頃赭い顔がさらに紅さを増して熟れすぎたトマトのようになっている。(この件は、作者梅野十伍に自信がなかった。彼は生れつきアルコールに合わない体質を持って居り、いまだ嘗《かつ》て酒杯《さかずき》をつづけて三杯と傾けたことがない。だから二日酔がどんな気持のものだかよく知らず、また二日酔になった患者はどんな顔をしているか正確なる知識はなかった。ただ彼の親しい友人のAというのが、よくこんな赭い熟れきったような顔を彼の前に現わして、「ああ昨夜《ゆうべ》は近頃になく呑みすぎちゃった。きょうはフラフラで睡い睡い」と慨《なげ》くのであった。梅野十伍は、そういうときの友人Aの容態が所謂《いわゆる》二日酔というのだろうと独断した。だから白国官吏のワイトマンは迷惑にも作者の友人Aの酔態を真似しなければならなかった)
「旦那、そういわないで見ておくんなさい。儂《わし》は生れつき胡魔化《ごまか》すのが嫌いでネ、なるべくこうしてお手隙の午前中に伺って、品物をひとつ悠《ゆっ》くり念入りに調べてお貰い申してえとねえ旦那、このレッドはいつもそう思っているんですぜ」
「フフン、笑わせるない。生れつき正直だなんて云う奴に本当に正直な奴が居た験《ため》しがない。ことに貴様は、ちかごろここへ現れたばっかりだが、その面構えは本国政府からチャンと注意人物報告書として本官のところへ知らせてきてあるのだ。どうだ驚いたか、胡魔化してみろ、こんどは裁判ぬきの銃殺だぞ」
「エヘヘ、御冗談を、儂はそんな注意人物なんて大した代物じゃありませんや、ただ鼠を捕えてきては、この向
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