ようにはいたしません。その代り、今夜にも、貴方を安全にこの島から逃がしてあげます」
「僕は逃げるのはよします。それに母親もいますし……」
「母親! ああお鳥さんのことをいっているのですね。あれは貴方には関係のない継母なんです。それよりもぐずぐずしていて森虎造に見つかってごらん遊ばせ、立ち処に生命はありませんよ。まず貴方の身体を安全なところへ置くことです。……お分りになったでしょう。さあ、その鍵を、あたしに渡して下さい!」
 そういわれてみると、僕は鍵を渡さないわけにはゆかなかった。しかしこの思い出深い鍵の中の恋人に別れることはなかなか辛いことだった。
「渡してもいいのですが、……実はこの鍵の中には僕の恋人がいるのです」
「鍵の中に恋人が?」
 美しい庵主は愕いて目をみはった。それで僕は思いきって、鍵の中の恋人の話をした。それから昨夜街の軒下で見た高島田に振袖の美しい女が、この恋人と同じような顔をしていたことを述べた。
「まあ、――」と尼は面白そうに微笑して「貴方は、昨夜|妾《わたし》を教えたその女の人がお気に召したのネ」
「庵主さんの前ですが、僕はあの娘さんのことがだんだん恋しくなって
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