だした。
仮りの枕は、何が入っているのか、たいへんいい香がした。それはこの尼僧院には、およそ似つかしからぬ艶めいた香を漾《ただよ》わせるのだった。それとも若い女というものは、作らずしてこんな体臭をもっているのだろうか。そんなことを考えているとなかなか睡れなかった。睡るかわりに、変な夢をそれからそれへと見つづけていた。街の傍で始めてあった島田髷の女が出て来てニッコリ笑う。するとそれがいつの間にか尼僧のとりすました顔になる。すると横合いから森虎の憎々しい面がとびだす、母親が泣きながら森虎のあとを追う。すると病院の監守が、機関銃をもって追ってくる。三人の青年がそれに噛みつく。……そんな妖夢を追っているうちに、僕は疲労に負けて、いつの間にかグッスリ熟睡に落ちた。……
鍵にまつわる秘密
気がついてみると、お経の声がしている。ハッと思って、目をあけてみると、いつの間にか、障子に明るく陽がさしていた。
「しまった――」
僕はこわごわ薄目を動かして、隣の枕を見た。それはズッシリと重い頭が永く載っていたらしく真中が抉《えぐ》ったように引込んでいた。僕は蒲団の中で、ソッと手を伸ばしてみた。
「あッ、いけない――」
僕の身体の隣りには、たしかに人が寝たらしく生温かさが感じられた。――あの年若い尼僧は、たしかに僕の隣りに寝たに相違ない!
僕が起きあがると、秀蓮尼は経をやめた。朝の挨拶をすると、尼僧は、
「昨夜はよくお寝みになられたようでしたナ」
といって微かに笑った。
作ってくれた朝飯の膳に向いあったとき、僕は庵主が、昨夜陰影の強い灯影でみたよりも、更に年若いのに愕《おどろ》いた。よくは分らないけれど、ひょっとすると僕より一つ二つ年齢が下なのかもしれない。そしてまた昨夜見たよりも、遥かに目鼻立ちも整い美しい尼僧だった。
「どこかで見たような人だが……」
僕は円らな頭をもった秀蓮尼を眺めたのだったが、そこまで出かかっているくせに、どうも思い出せなかった。
朝のうちは秀蓮尼は外へ出たり、また庵へ入ったりなかなか忙しそうに見えた。僕は外を覗くことも許されなかったので、弥陀如来の前でゴロリと寝ころび、昨日に変わる吾が棲居《すまい》のことやら、これから先、母のところを訪ねたものか、それともこのまま黄風島を脱けだしたものだろうかなどと、いろいろなことを考えくらした。
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