びしく警戒しながら、おおよその見当をつけて、南の方へズンズン歩いていった。
隆魔山《こうまさん》――という、島で有名な山のことは僕は一度来て知っていた。見覚えのある蓮照寺の垣根の前にヒョックリ出たときは、夢のように嬉しかった。
「裏門は何処だろう?」
尼寺の垣根は、まるで小型の万里の長城のように、どこまでも続いていた。どこが裏門やら探すのに骨が折れたが、とにかく門が見つかったものだから、そこへ飛びこんだ。
尼寺の庭は文字どおり闇黒だった。どこに鐘楼《しょうろう》があるのやら、径《みち》があるのやら、見当がつかなかった。――僕は棒切れを一本拾って、それを振りまわしながら、寺院の庭を歩きまわった。三十分ぐらいもグルグル歩きまわった末、祭りの灯でほの明るい空を大きな鐘楼の甍《いらか》が抜き絵のようにクッキリ浮かんでいるのを発見して、僕は歓喜した。
鐘楼のかげの庵室を探しあてることなどは、もはやさしたる苦労ではなかった。庵室の障子には熟しきった梅の実のように、真黄色な灯がうつっていた。
庵室の扉に、ソッと手をかけたとき、
「誰方《どなた》?」
という低い声が、うちから聞こえた。
「……」僕は思わず手を放して黙したが、
「これは街で、庵主《あんじゅ》さまのお名前を教えられてきたものでございます」
「いま明けて進ぜます。しばらく……」
うちらに微《かす》かな衣ずれの音があって、やがて扉のかけがねがコトリと音をたて、そして入口が静かに開かれた。
「わが名を教えられた、と。まずお入りになって事情を話してきかせて下さい」
尼僧は僕が男子であるのに気がつかないような様子で、なんの逡巡《しゅんじゅん》もなく上へ招じ入れたのだった。
土間の内に、四畳半ほどの庵室が二つあり、その奥まった室には、床に弥陀如来《みだにょらい》が安置されてあって油入りの燭台が二基。杏色の灯がチロチロと燃えていた。その微かな光の前に秀蓮尼と僕とは向いあった。――尼僧というが、低い声音に似ず、庵主は意外にもまだ年齢若い女だった。剃《そ》りたての綺麗な頭に、燭台の灯がうつって、チラチラと動いた。
「実は僕は、さきほど病院を脱走した者でございまして……」と、僕は額に巻いた手拭を解きながら、身の上に関するすべての物語を喋り、そしてサイレン鳴る街の軒下で、一人の美しい島田髷に振袖の着物をきた女に庵主さんのこ
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