千万である。注意を払って、見つけ次第逮捕するように。場合によっては、射殺するも已《や》むを得ない。逮捕又は射殺者には銀二千ドルの賞金を与える。……」
 僕は、自分で自分の逮捕布告を聞いた。銀二千ドルの生命か! その価値は高いとは云えなかったけれど、そんな賞金を出してまで逮捕――いや射殺までしようというのは何ごとか。僕はそんな恐ろしい人間なのだろうか。見ていると、これはどうやら、森虎造が賞金を出すのじゃないかと思われた。森虎は、亡き父の親友だと聞いていた。父が米国で死んだとき、それを当時東京に住んでいた僕たちに詳しく知らせてくれたのは、森のおじさんだった。またこの地へ、母のお鳥と僕とを心よく迎えてくれ、室まで僕たちに貸し与えてくれて好意を見せた森のおじさんだった。それが間もなく僕を苛酷《かこく》に扱い、精神病院に入れたり、揚句《あげく》の果は、僕を射殺しろとまで薦《すす》めている。……なんという恐ろしい変り方だ。……僕にはサッパリ理解ができないことだった。
 賞金として銀二千ドル!
 群衆は踊りのことも歌のことも、一時忘れてドッと歓声をあげた。
「畜生! お前らに掴まってたまるかい」
 僕は建物の陰で拳をにぎり、ブルブルと身体を震わした。
 そのときのことだった。
 何者とも知れず、突然横合いから腕をグッと捉えた者があった。
「北川準一!」
 失敗《しま》った! ハッと振りかえってみると、そこには結いたての島田髷《しまだまげ》に美しい振袖を着た美しい女が立っていて、僕の両腕の急所を、女とは思えぬ力でもってグッと締めつけているのだった。
 絶体絶命! 僕はこの女のため、金に変えられて仕舞う運命なのだろうか?


   秀蓮尼《しゅうれんに》庵室《あんしつ》


 腕を締めつけた女は、あまりに美しかった。僕はまるで魂を盗まれたような気がした。僕は死刑から脱がれるためにその女を蹴倒して逃げねばならぬ。しかもそれを決行しなかった訳は、その女があまりにも僕がいつも胸に抱いていた幻の女に似た感じをもっていたからだった。たった一つしかない生命よりも尊いものが、他にもあったのだった。
 いや蹴倒すどころか、僕は捉えられたまま、大声すら発しようとしなかった。――もっともそのとき女の涼しい眼眸の中に、なにか僕に対する好意のようなものを感じたからでもあった。
「北川さんでしょ。……」
「し
前へ 次へ
全23ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング