ら、いつも錠が下りていないことを僕は予《あらかじ》め知っていた。それは出入が頻繁なので、いちいち掛けておいたのではたいへん不便なせいであろう。
「あの関所さえ越せば……」
僕は幸いあたりに人のいないのを見澄すと、胸を躍らせて鉄格子の扉に近づいた。――果然《かぜん》今夜も鉄格子には錠が下りていなかった。
「しめた」
僕は鉄格子に手をかけると、ソッと押してみた。
ギギギギギイ。
鉄格子には狂いが来ているらしく、甲高い金属の擦れあう音がして、僕の肝《きも》を冷やりとさせた。
こいつはいけない! と思ったが、格子を開けなければ外へ出られない。僕は更に気をつけて、ソッと扉を押しつづけたが、それでもギギギギギイと鉄格子はきしんだ。監守詰所にいる人に、悟られなければよいが……。
「だッ、誰? 清田君か――」
と、突然詰所のうちから声がした。かなりアルコールが廻っているらしい声だった。僕は電気にひっかかったように、その場に震えだした。露見《ろけん》か?
「おウ……」
僕は大胆にも作り声をして返事をした。
「早くしろ、早く。出かけるのが遅くなるじゃないか。……」
「うむ――」
僕は鉄扉を開くと、スルリと外へ出た。そして腰をかがめて、詰所の窓下を通りぬけ、あとは廊下をなるべく音をたてずに疾走したのだった。
「なにをしとるんだ。――」
そのとき詰所の硝子窓がガラリと開いた。
「おい。……誰だ。呀《あ》ッ、逃げたなッ。――」
監守の怒号する声、――それにつづいて乱暴にも、ダダーン、ダダーンと拳銃の響き!
ヒューッ、ヒューッ――、廊下を飛ぶように走ってゆく僕の耳許《みみもと》を掠《かす》めて、銃丸《じゅうがん》がとおりすぎた。そして或る弾は、コンクリートの壁に一度当ってから、足許にゴロゴロ転がって来た。いま僕は生死の境に立っていた。無我夢中に、どこをどう突走ったか覚えがないが、建物の外へ出ると、真暗な庭にとびだし、それから、つきあたったところの高い塀にヤッと飛びついて、転がり落ちるように塀の外に落ちた。そのとき精神病院の塔の上で、ウーウーウーとサイレンが鳴りだしたのを聞いた。――僕はそれを後にして、ドンドンと祭の夜の灯の街の方へ逃げだしていった。
そのとき僕の服装は、病院の患者に支給される西洋寝衣だったので、ある橋の畔まで来たとき、それをすっかり脱いで、小脇に抱えて来
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