ているじゃないか」
「金環《きんかん》が宝物だといってはいないじゃないか。この環の中に入れてあったものを返せ」
「なにも入っていなかったじゃないか」
「嘘をつけ。たしかに入っていた」
「なにをいうんだ。それじゃ一体何が入っていたというんだ」
「毛だ。毛が一本入っていた」
「毛だって? はッはッはッ。そうだ、ちぢれた毛が一本入ってたナ。その毛が何だ。毛なんてものは掃《は》くほどあるじゃないか」
「その毛を返せ。あれは世界の宝物なのだ。十萬メートルの高空で採取《さいしゅ》した珍らしい毛なんだ。それを材料にして調べると、他の遊星《ゆうせい》の生物のことがよく分るはずなんだ。世界に只一本の毛なんだ。これ、冗談はあとにして、その毛をかえせ」
「この『消身法』の実験装置ととりかえならネ」
「うむ、そんなことはいやだ」と楊博士は首をふった。
「ええい面倒くさい。話はこれだ」と、首領ウルスキーは懐中からピストルを出して、博士の胸もとにつきつけ「折角《せっかく》かえしてやろうというのに、要《い》らなきゃ黄金の環もこっちへ貰って置く。おいワーニャ。お前はその『消身法』の硝子壜《ガラスびん》を貰ってゆけ」
「へへえ、この気味のわるい硝子壜をですかい」
 そのとき卓子の下から濛々《もうもう》と煙がふきだした。
「ほら、博士の奥の手が始まった。早く引きあげないと、またこの前のようにひどい目に遭《あ》う、気をつけろ」
 首領の怒鳴っているうちに隙《すき》があったものか、博士はヒラリと身を翻《ひるがえ》して、衝立のうしろに逃げこんだ。
「どこへ逃げる。こいつ、待てッ」
 とウルスキーは博士を衝立のうしろに追いこんだ。だが、彼は衝立のうしろに、何にもない空間を発見したに過ぎなかった。そこへ逃げこんだにちがいない博士の姿がまるで煙のように消えてしまったのである。
「ワーニャ、硝子壜をもってすぐ逃げろ。ぐずぐずしていると、生命が危い」
 ワーニャは決心して硝子壜を抱《かか》えあげた。壜はわりあいに重かった。
 二人は出口の方へ向って走りだした。
 とたんにガチャンと大きな音がした。
「失敗《しま》った」
 とワーニャが叫んだが、もう遅かった。彼の抱えていた硝子壜は床の上に墜《お》ちて、粉々《こなごな》になった。
 二人はワッといって、外に飛びだした。
 どっちへ行ってよいかわからぬ四馬路《すまろ》の濃
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