とばした。
 博士はドンと尻餅《しりもち》をついて、蟾蜍《ひきがえる》のように膨《ふく》れた。
「ど、どっこい、そうはゆかないよ。見かけに似合《にわ》[#ルビ「にわ」はママ]わず、太い先生だ。これが欲しければ、約束どおり、あれを実験して見せろ。よく話をしてあった筈《はず》じゃないか」
 博士は膝頭《ひざがしら》に手をおいて、ヨロヨロと立ちあがったが、
「じゃあ、実験をして見せりゃ、必ず返すというんだナ」
「そうだ。待たせないで早くやらないか」
 博士はシブシブと承知の色を示した。
 彼は腰を折りまげて、卓子《テーブル》の下を覗《のぞ》きこむと、のろのろした立居振舞《たちいふるまい》とはまるでちがった敏捷《びんしょう》な手つきで、一抱《ひとかか》えもあろうという大きな硝子壜《ガラスびん》をとりだして、卓子の上に置いた。その壜は横に大きな口がついて、扁平《へんぺい》な摺《す》り合《あ》わせの蓋《ふた》がついていた。
「さあ、こっちへよって、よく見るがいい」
 博士は手招《てまね》きした。
 首領《しゅりょう》ウルスキーは、それッとワーニャに目くばせをして、今のうちに、奥まった隅にある衝立の蔭を見ておけと合図《あいず》をした。
 ワーニャは楊博士が卓子の上の硝子壜に気をとられている間に、衝立のうしろを素早く覗いてみたが、そこには仕切られた土間と壁があるばかりで、外に何物も見えなかった。
 ウルスキーはワーニャの答に、安心の色を見せた。怪博士|楊羽《ようう》の魔術?には、これまでに幾度も苦い目にあっていたから。
「さあ、この中を見るがいい。お前たちには何が見えるかナ」
 二人の訪問客は、博士の指す硝子壜のなかを覗きこんだが、中は正《まさ》しく空《から》っぽで、なにも見えなかった。
「なにもないじゃないか」
「そうだ。それでいい」と博士は髭に蔽《おお》われた大きな口をひんまげて薄笑いをし「では待って居《お》れ。こうすると何か見えるかナ」
 と、博士は壜の胴中《どうなか》についている蓋をひらいて、懐《ふところ》から出した小さな紙袋から二匹の蠅《はえ》をポンポンと壜の中に追いやり、そして蓋を締めた。
 二匹の蠅はブンブン唸《うな》りながら、壜のなかを勢《いきおい》よく飛びまわっていた。
「なアんだ。蠅を入れたのじゃないか。それが見えなくてどうする」
 ウルスキーは莫迦《ばか》にさ
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