り元の部下の「火の玉」少尉の部署のことまで気にかかるのであった。
「はい、監視班です」
「ほう、監視班とは、なるほどこれはいいところへ配属されたものだ。『火の玉』少尉の監視|哨《しょう》では勿体ないくらいのものだ」
 田毎大尉は本当のことをいった。
「そんなことはありません」
 と六条は、言下に「火の玉」少尉らしい活溌な口調でうち消して、
「今日ほど、監視哨の仕事が重大であり、そして困難を伴っていたことは、未だかつてなかったのです。ソ連極東軍の重爆隊は、今夜にも翼をはって帝都の空を襲うかもしれない情勢であります。自分は今夜から、任務につく決心であります」
「ふーむ、任務につくといって、どうするのか」
「はい、気球に乗ることになっています」
「なに、気球に乗る。どんな気球に乗って、なにをするのか」
 田毎大尉は、「火の玉」少尉が気球に乗るなどといいだしたので、少々おどろいた。
「はい、帝都は今夜から、繋留《けいりゅう》気球を揚《あ》げることになっています。今夜は一つだけでありますが、明日から若干数が殖えることになっています。自分は、その最初の一つに乗りこみまして、深夜の帝都の上空をば監視するのであります」
「夜、見えるか」
「はい、午前三時に月が出るのであります。それまではE式|聴音器《ちょうおんき》で、敵機のプロペラの音を探知します」
「ふむ、それは御苦労なことだ。では、しっかり頼むぞ」
 田毎大尉は、障害者となっても燃えるような戦闘精神が「火の玉」少尉の胸に宿っているのを知って、大いにうたれた。
 その「火の玉」少尉は、田毎大尉と旧友戸川中尉との前を辞するときに、一段とかたちを改《あらた》め顔面を朱盆《しゅぼん》のごとに赫《あか》くして、
「でありますが、この六条は、一日も早く原隊復帰を許され、例の××軍トーチカ集団攻撃に、ぜひとも一番駈けをいたし、そこに屍《しかばね》をさらしたいと考えておるのでありますから、この点お忘れなく、御両所の不断の御骨折《おほねおり》を切望いたします」
 儼然《げんぜん》といい放って、「火の玉」少尉は廻れ右をして帰っていった。
 後を見送って、田毎大尉は戸川中尉と顔を見合し、
「やっぱり『火の玉』少尉だ。はじめは原隊復帰を諦《あきら》めたのかと思ったが、いまの言葉では、どうしてどうして、先生なにがなんでも××軍トーチカ集団の真中で戦死を
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