、これまで連続していた記憶の切れ目であったのである。
 そのころ、人事|不省《ふせい》の両人をのせた気球は、不連続線の中につき入って、はげしく翻弄《ほうろう》されていた。ものすごい上昇気流が、気球をひっぱりこんだから、たまらない。今の今まで下降一方だった気球は、あべこべにぐんぐん上昇をはじめた。一千メートル、二千メートルは、瞬間にとび越して、まるで地球の外にとんでいってしまうかのように、なおもぐんぐんと雲と雲の間を昇っていった。あたりは、岩窟《がんくつ》に入ったように真暗で、そして雹《ひょう》がとんでいた。折々ぴかりとはげしい電光が、密雲の間で光った。
 それからどの位経ったか、よく分らない。キンチャコフの方が先に気がついたらしく、そのころ六条は、気息奄々《きそくえんえん》としてゴンドラの底に横たわっていた。キンチャコフが六条を絞め殺そうとすれば、わけないことであったけれど、彼は別になんにもしなかった。それはどういうわけだかよく分らないが、キンチャコフは、もう再び六条を襲うのがいやになったのかもしれないし、或いはまだ鮮血を胸から顔から一杯に彩《いろど》ったすさまじい六条の姿に怖《お》じ気《け》をふるった結果かもしれなかった。もちろんキンチャコフも、意識だけがよみがえったというだけで、ゴンドラの底に身うごきもしないで転っていることは、六条の場合と大差《たいさ》なかったのである。
「うーむ、よく眠った」
 これが意識を回復した六条がいった最初の言葉だった。
 それからまたあと三時間ばかり、彼は昏々《こんこん》として眠った。
 その次に目覚めたとき、彼は本当に気がついたのであった。ゴンドラの中には飛びちった血の痕《あと》がもうくろずんでいた。ふしぎに生きているなという気持であった。彼は左手をのばして、あたりを幾度も幾度もさぐっていた。やがて硬い丸いものが二つ三つ、彼の指先にふれた。
 握りしめて、眼の前へもってきて開くと、それは固形ウィスキーであった。ああ天の助けだなと、そのとき彼は思ったことであった。
 彼は、貪《むさぼ》るように、その二つを喰べた。それはまるで霊薬《れいやく》のごとくに、彼を元気づけた。彼は思わず、最後の一つを口のところへ持っていきかけたが、急にそれをやめて、
「キンチャコフ!」
 とよんだ。
「……」
 キンチャコフの腕が、六条の腕の方につつーっと搦
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