ゅうちょう》なロシア語で一|喝《かつ》した。
「なに、どうしてこっちの名を……」
怪ソ連人は、相手の日本人がいきなりロシア語を喋《しゃべ》りだしたうえに、自分の名前まで呼んだのであるから、びっくりしたのも無理ではない。尤《もっと》も「火の玉」少尉としては、ロシア語なら得意中の得意だし、キンチャコフの名は、××陣地を出る前に庶務の老人から聞いたのを、このとき思い出しただけのことだ。
「おいキンチャコフ。貴様が××陣地で皆に追駈けられて、仕方なくここへとびこんだことは知っていたぞ」
「それがどうした。なにが仕方なくだ。わしはこの気球で脱《のが》れるつもりだから、繋留索《けいりゅうさく》をナイフで切ってしまったんだ」
「そんなことは云わなくとも分っているぞ。貴様は、この気球でうまく脱れられるつもりなのか」
「脱れなきゃならないんだ」
「脱れるといっても、この気球は風のまにまに流れるだけなんだ。どこへ下りるか、それとも天へ上ったきりで下りられないか、分ったものじゃない」
「出鱈目《でたらめ》をいうな、日本人《ヤポンスキー》。気球はいつかは地上に下りるもんだ。天空《てんくう》に上ったきりなんてぇことはない」
と、キンチャコフが生意気な抗議を試みた。
「そこまで分っていれば、いいではないか。この気球が下におりるまで、貴様一人で風や雨と闘うつもりか、それとも貴様と俺と二人で闘った方がいいと思うか」
「火の玉」少尉は、話をうまいところへ追込《おいこ》んでいった。
「ふん」
「それが分ったら、ピストルなんざポケットへ収《しま》っとくことだ。下手な射撃をして、気球にでも当れば、どういうことになると思うんだ。たちまち気球は火に包まれ、俺たち二人は、火を背負いながら地上に飴《あめ》のように叩きつけられて、この世におさらばを告げることになるだろうよ」
「……」
「おい、お前は思いきりのわるい奴だな、キンチャコフ。そのピストルなんか収《しま》って、これからどうすればわれわれは無事地上に下りられるかを研究して、すぐさま実行にかかるのだ。無駄なことはしないがいい」
そういわれて、キンチャコフはつい兜《かぶと》を脱《ぬ》いだ。彼は不承不承《ふしょうぶしょう》に、逞しい形のピストルをポケットの中に収いこんだ。そして達磨《だるま》が起きあがるように、身体をごろんと一転させて、「火の玉」少尉と向いあ
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