ま、もうすこしで息が停ろうというのに、横眼をつかって、ゴンドラの中の大切な器械器具の配列位置を頭脳の中につめていた。
「日本人、はやくくたばれ!」
 闖入《ちんにゅう》の怪ソ連人は、さらに六条の頸にまいた腕に力を入れた。
「うーむ」
 と唸《うな》って、「火の玉」少尉の上半身が後にのけぞる。
「日本人、まだ死なぬか!」
「うーむ」
「火の玉」少尉の上半身は、蝦《えび》のようにうしろにのけ反《ぞ》った。彼の背後から組みついている怪ソ連人までが、硬い少尉の頭を胸にうけかねて、ゴンドラの縁《ふち》にひどく押しつけられた。
「こら、そう反《そ》っくりかえるな。始末にわるい奴だ、うん」
 と、怪ソ連人が、六条の身体を前に押しかえしたそのときのことだった。
「えい、やっ!」
 ふりしぼるような叫びごえが、今の今まで死んだようになっていた、「火の玉」少尉の咽喉《のど》の奥からとびだした。と、彼の身体が水の中にもぐるような恰好で、すとんと沈んだ。
「わわっ、――」
 奇妙な悲鳴とともに、少尉の背後に組みついて勝ち誇っていた怪ソ連人の身体が、南京《ナンキン》花火のように一転して、どさりと前方へ飛んでいった。
 このとき「火の玉」少尉がもし手を放したとすると、怪ソ連人の身体は、ゴンドラの縁《ふち》の上をとび越えて、あっという間に、なんの掴《つか》まりどころもない空間に放りだされていたことであろう。少尉はそれを心得ていたと見え、相手の袖を手許へぐっと引張りつけたので、相手はゴンドラの角《かど》で、いやというほど尻の骨をうったまま、身体を逆《さか》さにしてずるずると籠の中にくずれ落ち、そのまま動かなくなった。なにゆえに敵を助けるのか、「火の玉」少尉の心中は測《はか》りかねた。
「どうだ、もう一度来るか」
 少尉は、足を伸ばして怪人の頭を蹴とばした。だがかの怪人は、気絶でもしているのかなんの反抗も示さなかった。
 その間にと思って、「火の玉」少尉は再びマイクをとりあげ、急ぎの報告を電波に托《たく》すつもりで、
「ハア、こっちは××繋留気球第一号の六条です。電波はつづいて出ているでしょうな。このゴンドラの中に、ソ連人が一名忍びこんでいました。どうやらゴンドラの外からのぼってきたもののようです。今気絶していますが、あとでよく調べあげて、知らせます」
 そういう少尉の声は、普段話をしているときとす
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