[#「亙った」は底本では「互った」]。
 光弾は、須田町の、地下鉄ビルの横腹に、真黄色な光線を、べたべたになすりつけた。
 弦三は、商店の軒下《のきした》から飛び出して、万世橋《まんせいばし》ガードの下を目懸けて走っていった。
 ガードの上と思われるあたりで、物凄い音響がした。
「ドッ、ドッ、ドッ、グワーン」それは紛《まぎ》れもなく、高射砲隊の撃ちだした音だった。悠々と天下《あまくだ》りながら、帝都の屋根を照らしていた光弾が、一瞬間にして、粉砕されてしまった。
 帝都の空は、又もや、元の暗黒に還った。
 と、思ったのは、それも一瞬間のことだった。
 サッと、紫電一閃《しでんいっせん》! どこから出したのか、幅の広い照空灯が、ぶっちがいに、大空の真中で、交叉《こうさ》した。
「呀ッ、敵機だッ」
 真白い、蜻蛉《とんぼ》の腹のような機影が、ピカリと光った。
 そこを覘《ねら》って、釣瓶撃《つるべう》ちに、高射砲の砲火が、耳を聾《ろう》するばかりの喚声《かんせい》をあげて、集中された。
 照空灯は、いつの間にか、消えていた。
 その次の瞬間、弦三の眼の前に、瓦斯《ガス》タンクほどもあるような太い火柱《ひばしら》が、サッと突立《つった》ち、爪先から、骨が砕けるような地響が伝《つたわ》って来た。そして人間の耳では、測量することの出来ない程大きい音響がして、真正面から、空気の波が、イヤというほど、弦三の顔を打った。
 爆弾が落ちたのだ!
 イヤ、敵機が、爆弾を投げつけたのだった。
 バラバラッと、礫《こいし》のようなものが、身辺《しんぺん》に降って来た。
 照空隊の光芒《こうぼう》は、異分子《いぶんし》の侵入した帝都の空を嘗めまわした。
 その合間、合間に、高射砲の音が、猛獣のように、恐ろしい呻り声をあげた。
 それは、人間の反抗感情というのでもあろうか。爆弾の音を聞かされ、照空灯のひらめきを見せられた弦三は、自分の使命のことも何処へか忘れてしまい、
「畜生! 畜生!」と独《ひと》り言《ごと》を云いだしたかと思うと、矢庭に側の太い電柱にとびつき、危険に気がつかぬものか、
「わッしょい、わッしょいッ」と、背の高い、その電柱の天頂《てっぺん》まで、人技とは思われぬ速さで、攀《よじのぼ》っていった。
 そこは、帝都のあっちこっちを見下ろすに、可也《かなり》いい場所だった。眺めると、帝
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