》を束《たば》にして、天に向けたような聴音器が据えつけられていたのだった。夜に入ると、この聴音器だけが、飛行機の在処《ありか》を云いあてた。
「J、O、A、K!」
 神社の隣りに聳《そび》え立った、JOAKの空中線鉄塔のあたりから、アナウンサーの声が大きく響いた。
 弾薬函《だんやくばこ》の傍《そば》に跼《うずくま》っている兵士の群は、声のする鉄塔を見上げた。鉄塔を五メートルばかり登ったところに、真黒な函みたいなものがあるのが、薄明りのうちに認められたが、あれが、声の出てくる高声器なんだろうと思った。
 本物の杉内アナウンサーは、鉄塔の向うに見える厳《おごそ》かなJOAKビルの中にいた。スタディオの、黄色い灯《ひ》洩《も》れる窓を通して、彼氏《かれし》の短く苅りこんだ頭が見えていた。
「唯今から午後六時の子供さんのお時間でございますが……」
 と云ったは云ったが、流石《さすが》に老練なアナウンサーも、これから放送しようとする事項の重大性を考えて、そこでゴクリと唾《つばき》を嚥《の》みこんだ。
「……エエ、当放送局は、時局切迫のため、陸軍省令第五七〇九号によりましてこの時間から、東京警備司令部の手に移ることとなりました。随《したが》って既に発表しましたプログラムは、すべて中止となりましたので、あしからず御承知を願います。それでは唯今より、東京警備司令官|別府《べっぷ》大将の布告《ふこく》がございます」
 杉内アナウンサーは、マイクロフォンの前で、恭々《うやうや》しく一礼をして下った。すると反対の側から、年の頃は六十路《むそじ》を二つ三つ越えたと思われる半白の口髭《くちひげ》と頤髯《あごひげ》、凛々《りり》しい将軍が、六尺豊かの長身を、静かにマイクロフォンに近づけた。
「東京及び東京地方に居住する帝国臣民諸君」将軍の声は泰山《たいざん》の如くに落付いていた。「本職は東京警備司令官の職権をもって広く諸君に一|言《げん》せんとするものである。吾が帝国は、曩《さき》は北米《ほくべい》合衆国に対して宣戦を布告し、吾が陸海軍は東に於て太平洋に戦機を窺《うかが》い、西に於ては上海《シャンハイ》、比律賓《フィッリピン》を攻略中であるが、従来の日清《にっしん》、日露《にちろ》、日独《にちどく》、或いは近く昭和六七年に勃発せる満洲、上海事変に於ては、戦闘区域は外国内に限られ、吾が日本領土
前へ 次へ
全112ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング