蔭に言葉をかけた。
カーテンが、揺れて、思いがけなく、司令部の、湯河原中佐が、顔を出した。
「塩原参謀」と中佐は、呼んだ。ルパシカ男は、いつの間にか局舎から姿を消していた塩原参謀の仮装だった。
「この男を、吾輩に預けてくれんか」
「おまかせいたします」参謀は、直立して言った。「ですが、中佐殿は、これから、どうされます」
「吾輩は、司令部の穴倉《あなぐら》へ、こいつを隠して置こうと思う。司令官に報告しないつもりじゃから、監禁《かんきん》の点は、君だけの胸に畳んで置いてくれ給え」
「しかし、斯《か》くの如き重大犯人を、司令官に報告しないことはどうでありましょうか」
「吾輩を信じて呉れ。二十四時間後には、この事件について、必ず君に報告するから」
「判りました。では、急速に、御引取下さい」中佐は、大きく肯《うなず》くと、鬼川の身体を肩に担いで、カーテンの蔭に、かくれてしまった。
そのころ、放送局の表口では、暴徒の一団と、警備軍の救援隊とが、物凄い白兵戦《はくへいせん》を展開していた。
全市に、点灯を命令して、米軍に帝都爆撃の目標を与えるという放送局襲撃の第一目標が、どういう手違いか、すっかり外れ、生き残りの団員は、戦闘の間々に、爆弾の炸裂音《さくれつおん》を聞きたいものだと焦《あせ》ったが、その期待は、空しく消えてしまった。
彼等の地位は、だんだんと悪くなって、元気は氷のように融《と》けていった。
折角うまくやったつもりの放送局占領が、筋書どおりの効目がなく、いや反《かえ》って逆の結果となり、東京市民を恐怖のドン底へ追いやる代りに、ラジオと光とは、市民たちの元気を恢復させるに役立ったのだった。同志は、それにやっと気がつくと急に、パタパタと斃《たお》れる者が殖《ふ》えてきた。
放送局|奪還《だっかん》は、もう間もないことであった。
某地域の地下街を占めた警備司令部では、別府司令官をはじめ、兵員一同が、血走った眼を、ギラギラさせて、刻々に報告されてくる戦況に、憂色を増していった。
「立川飛行聯隊では、大分|脾肉《ひにく》の嘆《たん》に、たえかねているようでは、ありませんか」
一人の参謀が、有馬参謀長に、私語《しご》した。
「九六式の戦闘隊のことだろう」参謀長は、さもあろうという顔付をした。「だが、司令官閣下は、出動には大反対じゃ」
「海軍の追浜《おっぱま》飛行
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