ぎるという、極くつまらない理窟《りくつ》をもって、群衆の袋叩《ふくろだた》きに合ったのだった。暴徒の一味は、群衆が、興奮した様子につけこんで、今度は、切符売場を襲撃したのだった。金庫は、みるみる破壊され、銀貨や紙幣が、バラバラと撒き散された。群衆は恐さも忘れて、慾心《よくしん》まるだしに、金庫を目懸けて突進した。五十銭銀貨を一枚でも、掌《てのひら》の中につかんだものは、強奪の快感の捕虜となって、ますます興奮を、つのらせて行った。五円紙幣を手に入れたものは、顔までが、悪魔の弟子のようになった。獣心《じゅうしん》が、檻を破り、ムラムラと、飛びだした。一味の者は、細心の注意をもって、機会を見ては、巧みに、煽動した。居合わせた婦女子は、駭《おどろ》きのあまりに、失心《しっしん》する者が多かった。正義人道を口にするものが、四五人もいて頑張れば、群衆の冷静さを、幾分とりもどせたろうと思われたが、誰もが呆然自失《ぼうぜんじしつ》していて、適当な処置を誤《あやま》ったのだった。一味の計画は、すっかり、図に当った。
「××人が、本当に暴れだしたぞォ」
「東京市民は、愚図愚図《ぐずぐず》していると、毒瓦斯で、全滅するぞ。兵営に、防毒マスクが、沢山貯蔵されているから、押駆けろッ」
「デパートを襲撃して、吾等の払った利益をとりかえせ」
「国防力がないのなら、戦争を中止しろッ」
「放送局を占領しろッ」
などと、さまざまな、不穏指令《ふおんしれい》が、街頭に流布《るふ》された。
警官隊も、青年団も、敵機の帝都爆撃にばかり、注意力が向いていて、暴徒が芽をだしはじめたときに、早速《さっそく》苅りとることに気がつかなかった。
暴徒一味の煽動は、さまざまの好餌《こうじ》を、市民の中にひけらかし、善良な人達までが、羊の皮を被った狼に騙《だま》されて、襲撃団の中に参加したのは、物事が間違う頃合いにも程があると、後になって慨《なげ》かれたところだった。
若い青年男女は、鮎《あゆ》のとも釣[#「とも釣」に傍点]のようなわけで、深い意味もわからず、その団体に暴力を以て加盟させられた。一味幹事の統制ぶりは、実に美事であった。いろいろな別働隊が組織され、各隊は迅速《じんそく》に、行動に移った。
長造の妹娘の紅子《べにこ》と、末ッ子の素六《そろく》とは同じような手で、参加を強《し》いられた。
長造とお妻が
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