えないので、どうしたのかと思っていた」
「あッはッはッ。姉さんが中央電話局から帰って来ないので、心配だから行ってみたんだよ」
「どうだったい……無事だったかい」
「ウン。無事だった。五十人の交換手が、みんな死ぬ覚悟で交換台を守っていたよ。警報の連絡に大手柄をたてたんだとさ。姉さんなんか、大した元気だった」
旗男は一瞬間、直江津の姉たちの安危を思った。焼崩れる家の下敷になったような気がするが、助ったろうか、それとも……。いや、今はそんなことを考えている時ではない! 眼前に、大変な流言を吐いている国賊がいるのだ!
「ねえ兼ちゃん。向こうで皆を集めてしゃべっている背広男がいるだろう。あいつけしからん流言をはなっているのだよ」
「どれどれ、あッ、あいつだ。あいつはスパイだよ。さっき丸の内でも、暴徒が品川の方から数万人も押しよせてくるから逃げろといっていた。防護団の人達が捕らえようとすると逃げだした。あいつはお尋者《たずねもの》なんだ」
「そうか。そんなひどい奴か。ラジオや電話が切れたと思って、市民の心を乱してゆこうというのだな。よォし、じゃあ兼ちゃんと二人して、あの悪漢を捕らえてやろうじゃないか」
「うしろからいって、二人で彼奴《あいつ》の足を一本ずつ引きたおそう!」
敵国のために、人心を乱そうとしたスパイは、二少年によってあばかれ、防護団員に縛りあげられてしまった。団員は大喜びだった。その上、敵の空襲部隊が全滅したというラジオ・ニュースを旗男から聞いたので、防護団員は、その場に躍りあがって喜んだ。そして一斉に万歳を唱えた。
ああ遂に、帝都は救われた。大日本帝国の危機は遂に救われたのだ。
*
それから三日して、旗男のところには二つの大きな快報が舞いこんで、彼を有頂天《うちょうてん》にさせた。
一つは、直江津の姉露子と可愛い正坊が、無事にたすかって、今は小学校の避難所に収容されているという手紙が届いたことだった。
「姉さんと正坊、万歳!」
それからもう一つの快報は、わが精鋭なる爆撃隊が、突如S国に侵入し、やがて、第二の日本大空襲を準備しつつあった敵の空軍根拠地を散々にやっつけてしまったことだった。S国は、この勇猛なる爆撃のため、再び日本空襲をする力を全く失ってしまった。またS国の参謀本部の中にも、日本人の防空訓練の行きとどいていることをあげて、たとい何百機の爆撃機があろうとも、この上、日本を空襲することは無駄であるという説が盛んになってきたという。
この話は、最近大尉に昇進して、高田の防空飛行隊附に栄転した義兄川村国彦中尉ではなかった川村大尉からの知らせだった。
「義兄《にい》さん、万歳! 防空飛行隊、万歳!」
底本:「海野十三全集 第4巻 十八時の音楽浴」三一書房
1989(平成元)年7月15日第1版第1刷発行
初出:「少年倶楽部」別冊付録、大日本雄弁会講談社
1936(昭和11)年7月
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2005年8月21日作成
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