家の方は女房を防護主任にしてやらせる」
「鉄さんのおかげで、わが防護団は俄然《がぜん》強くなった。さあ、二人で握手しろ」
 分団長は、二人の手をとってにぎらせた。
「あッはッはッ」
「大いにやるッ。ハッハッハッハッ」
 日没とともに、警報班の灯火管制係の活動は、目に見えて活発になってきた。なかでも鍛冶屋の大将の息子で、いつも少年ながら父親の向鎚《むこうづち》をうっている兼吉《かねきち》は、親ゆずりの忠君愛国の精神にもえ、少年団の先頭にたって、西へ東へと、教えられた通り、定められた街灯を消してまわっていた。少年たちは五人一組となっていたが、持ちものは、長い梯子《はしご》が一つと、高いところに届く竿が二本――それは、先のところが三つまたに割れ、その先を繃帯《ほうたい》でグルグル巻いてあった。その三つまたを街灯の電球へおしつけ、竿を左まわりにねじると、電球がソケットからすこし抜けてもどるため、あかりが消える仕掛だった。
 少年たちが、この作業のときに一番気がついたことは、共同の力の大きいということだった。
 昔、毛利元就《もうりもとなり》は三本の矢を一度に折ることのむつかしいことから、協力の大事なことを説いたが、いま少年たちは、五人で力を合わしさえすれば、大人がやっとかつげるような重い梯子もらくらくと運べ、大人がやるよりも、遥《はる》かに多くの街灯をはるかにはやく消してあるくことのできるのを知ったのだ。
 帝都にはまったく夜のとばりが下りた。
 そば屋の掛看板にも灯が消えた。町のネオン・サインもついていない。自動車のヘッドライトには、紫と黒との二重の布がかぶせられた。飛行将校の話によると、夜間飛行でもかなり低空にくだってくると、地上で吸っているタバコの火がハッキリと見えることさえあるそうだ。懐中電灯にも、被《おおい》がいる。上から直接見える火は、ことに用心しないといけない。
 午後八時十五分! 突如として、ラジオが鳴りだした。
「東部防衛司令部です。只今警報が発せられる模様であります……」
 昨日から、中内アナウンサーは、おおわらわの奮闘だった。五百万の市民は、このなじみ深いアナウンサーが、いま何を告げようとするのかと、胸おどらせながら、拡声器の前に集ってきた。
「これァ、いよいよS国の超重爆が攻めてきたんですよ」
「さあ、これは大変だ。うちじゃ防毒室の眼張の糊《のり》がまだかわいていないので」
「なぜ、もっと早くこしらえなかったんだい」
「それが、あわてているものだから、糊を作ろうと思って、鍋《なべ》を火にかけてはこがし、かけてはこがし、とうとう三べんやり直した」
「それで、今度は出来たかい」
「ところが、やっぱり駄目、仕方がないから冷飯を手でベタベタ塗ったんだが、つばき[#「つばき」に傍点]がついているせいか、なかなかかわかない。あッはッはッ」
「こらッ、警報が出るんじゃないか。シーッ」
 不気味な沈黙が、ヒシヒシと市民の胸をしめつけていった。
「……警報! 警報! 只今関東地方一帯に空襲警報が発せられました。直ちに非常管制に入って下さい。……復誦《ふくしょう》いたします。只今……」
 そのとき、サイレンが、ブーッ、ブーッと間隔をおいて鳴りだした。これに習うように、工場の汽笛がけたたましく鳴りだした。
 五反田防護団では、警報班長の清さんが、天幕《テント》の中で、大声に叫んでいる。
「警報班のみんな。空襲警報だッ。直ちに受持区域に『空襲!』と知らせて廻れ、出動、始め!」
 と、妙な号令のかけかたをした。
 天幕の前にメガホンをもって並んでいる少年が二十人。半数は自転車で、他の半数は二本の足で、今にも飛出すばかりに身構えていたのだ。班員はサッと挙手の敬礼をすると、
「さあ、行こう!」
 と叫んで、それぞれの受持区域にむかって、砲弾のように駈けだした。


   防空飛行隊の活躍


 志津《しづ》村の飛行隊は、緊張のてっぺんにあった。
 帝都から、数十キロほどはなれた、この飛行場には、防空飛行隊に属する諸機が、闇のなかに、キチンと鼻をそろえて並んでいた。
 今しも三機の偵察機が、白線の滑走路にそい、戦闘機の前をすりぬけるようにして、爆音勇ましく暗《やみ》の夜空に飛びだした。
 場外に出ると、三機はそれぞれ機首を別々の方向に向けて、互に離れていった。前に出発した三機と合わせて、六機の偵察機の使命は、某方面から入った警報にもとづき、敵機を探しに決死の覚悟でとびだしたのだった。
「まだ、その後の報告はないか」
 と、屋上の司令所にがんばっている隊長は、通信班長の軍曹にたずねた。
「はッ、まだであります」
「遅いなあ。何もわからぬか」
「はッ、さきほど報告いたしましたとおり、敵機らしきものから打ったあやしい無電をちょっと感じましたが、その
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