しくなることを悦んでいた。撒水自動車が近づくと気流がはげしく起った。
 博士はハッと身を縮めたが、撒水のはげしい勢いのために、ふきとばされそうになった。
「これはいけない」
 と思っているうちに、ものすごい突風がやってきて梢《こずえ》にしがみついている博士の身体を軽々とふきとばした。

 瓦斯体《ガスたい》に化した清家博士の身体は、つぎつぎに起る突風のため、だんだん博士邸より遠くへ飛ばされてゆくのであった。
「弱ったなあ、これじゃ実験室へいつになったら帰れることやら――」
 博士の心細さは、だんだんつのってくる。
 突風は、さらに博士の身体をあおった。博士の身体は、弾力を失ったゴムのように、しだいしだいに細長くのびてゆくのであった。
 博士はそれに気がついたとき、実に愕《おどろ》いた。それというのも、博士の頭が、煙突にコツンとあたって、あっ痛《いた》と思わず身体を縮《ちじ》めたとき、博士の足は、その煙突から一丁も放れた或る喫茶店の窓にひっかかって、靴がポロリと脱《ぬ》げたのであったから。そのとき博士の身長は、もう一丁を越すほど長くのびてしまったのである。
「ありゃりゃ、これは始末にいかんぞ」
 そういううちにも、博士の身体は、飴《あめ》のようにぐんぐん伸びていった。
 一難さって、また一難である。この分ではやがて博士の身体は、一里にも二里にも伸びてしまうかもしれない。
 そのとき思いがけないことが起った。
 突然博士の身体は、強い風にあおられて、足首を電線にひっかけてしまった。
「失敗《しま》った」
 と思ったとたん、またひとしきりの風がふきつけて、呀《あ》っと思う間もなく、電線は博士の足首を身体からプツリと切り放してしまった。さあ大変!


   大団円


 突風のため、見えざる流体化した清家博士の身体は、電線にふきつけられて、足首のところからちょん切られた。
「しまった。待て!」
 と博士は夢中で手を伸ばしたが、もう遅かった。切れた足首は、どこへ吹きとんでしまったのか、行方が分からない。
 そのうちに、またもや吹きくる強風!
「ああっ!」
 といううちに、今度はビルディングの避雷針で博士の膝頭のところからぶつりと切れてしまった。
 その先に、広告バルーンが揺いでいて、これに胴中を真二つにされた。飛行機のプロペラで、手首や腕が切られ、はては首までちょん切られてしまった。
 今や空気男清家博士の五体は、支離滅裂と相成った。噫《ああ》!
 今でも、変な時、変なところで、手首が一個、また別の変なところで生首が一つ、という風にバラバラ事件が起るが、その犯人が捕った話を聞かない。それは外でもない、この清家博士の千切れた身体が元の固体に還元して発見されるのである。つまり博士の考えた還元装置は電気放電であったから、落雷があってうまく空気男のバラバラ五体に触れると、乃《すなわ》ちこの不可解なバラバラ事件が起るのであった。



底本:「海野十三全集 第6巻 太平洋魔城」三一書房
   1989(平成元)年9月15日第1版第1刷発行
初出:「モダン日本」
   1937(昭和12)年1月〜8月、10月〜12月
※初出時の署名は、丘丘十郎です。
入力:tatsuki
校正:Juki
2005年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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