ぼく》に恵《めぐ》みをお垂《た》れ下さいまし」
さすがの清家博士も、もはや科学にたよることができなくなって、神に祈った。どうかして、このベッドルームの空間にフワついている気体化した自分の身体が同じ気体化した妻君の身体と交ざってしまわぬことを念じたのであった。果して神様はこの新入の下僕に恵みを垂れたまうや否や? そのときであった。
窓ぢかくにおいて突然ドエライ音響がした。板で叩きのめすような衝動が清家博士の身体を襲った。
「ナ、なんだろう?」
「キャーッ」という声は、どうやら妻君の声らしい。彼女は戸棚の上あたりにフワついているらしい。と思う間もなく、つづいてなにかドンと鈍《にぶ》い音がして窓と向き合った扉《ドア》にぶつかったものがある。そいつが転げ落ち床をコロコロと動くのを見れば、それはスポンジボールであった。それで音響の原因が分った。
迎いの風
清家博士夫妻は、寝室のなかで、別々に空気のように透明となり、空気のようにフワフワ宙に浮いているところへ、そのスポンジボールが飛んできて硝子窓をわったのである。
「ちぇッ。また向いのイタズラ小僧がホームランを出しやがったな。硝子に穴があいちゃ、うっかりするとそっちへ吸いよせられるぞ」
博士はそれを考えゾッとした。
すると廊下をドンドンと歩いてくる足音が聞えてきた。お手伝いさんのメアリーだ。
彼女の足音は、部屋の前でパタリと停った。ガチャガチャと鍵を入れる音がする。やがて入口の扉《ドア》がスーッと明いた。そしてメアリーの怪訝《けげん》な顔が現れた。
とたんにサッと廊下から吹き込む一陣の風! 呀《あ》ッと思う間もなく、博士の身体は名犬の輪ぬけのように、硝子窓の破れ穴からスーッと外に抜けいでてしまった。
街路
瓦斯《ガス》体となった清家博士は、街路樹の葉から葉へともつれながら、警戒をつづけていた。
このあたりにフワついているところのこれも瓦斯体となった博士夫人の身体と混合することを、極度に恐れていた。もし、万一そんなことになると、彼は再びもとの身体にはかえれないであろう。
この心配の折から、向うの通りからガランガランとやかましくベルをならしながら、撒水自動車がやってきた。
それは最新式のもので、大きな水槽《みずおけ》の下から横むきに水を猛然と噴きだす式のものであった。
博士は街が涼
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