、猫が風邪をひいたようなしゃがれ声がした。
「コラ、女よ。わしは猫の神じゃ。お前の亭主は不都合なのじゃから、わしが連れてゆくぞや。オイ、窓のところを見ろ」
妻君が、ハッと窓の方を見たときだった。風もないのに硝子戸がガチャーンと割れて、あとに大きな穴がポカリと明いた。キャーッ。
夕立雲
妻君は夫博士が猫の神にとうとう空気に変えられてゆかれてしまったものだと思いこみ、非常に恐怖にとらえられた。
発明の古い器械で身体の見えなくなった博士は外に出て、洋服についている硝子の粉を払《はら》いながら、さてこれからどうしたものだろうと考えた。
「ウン、屋根の上で日向《ひなた》ぼっこでもしながら、これから先のことを考えよう」
彼は屋根へのぼって、暖い瓦の上にゴロリと横になった。
いよいよ考えようと思っているうちに、博士は日頃の疲れで、早くもグッスリ睡《ねむ》ってしまった。
そのうちに夕立雲が出てきて、ザアザアと雨が降りだした。ズブ濡れになったところで博士はやっと目を覚した。
雨が降っては、外が歩けないから、清家博士は靴をブラ下げたまま、屋根伝いに物干台から家の中に入った。
階段を下りてゆこうとすると、下から妻君が現れた。彼は習慣でハッと思った。でもすぐ気がついて妻君には彼の姿が見えないんだから、恐れるところはないと思って、悠々階段を下っていった。
すると妻君がいきなり目を見開いていった。
「――ああ貴郎《あなた》ア、こんなところにいたんだネ。ウーム、この虫けら奴」
捕虜
清家博士は妻君のために雁字《がんじ》がらめに縛りあげられ、ベッドの金具に結びつけられた。もう逃げることはできなかった。
「なぜ俺の姿が見えるようになったんだろう。さっきあの発明器械を使ったときは、たしかに身体が見えなくなったのに」不思議不思議と考えているうちに、博士はやっとその理由を了解した。それは屋根で昼寝をしているとき雨にうたれたが、雨で全身濡れたため身体につけて置いた消身電気《しょうしんでんき》が濡れた服を伝わって逃げてしまったのにちがいない。身体を濡らすことはよくないことだと始めて悟ることができた。夜に入って、妻君がベッドの上に乗ったとき、博士はさも悲しそうな声を出して、戒《いまし》めの綱を解いてくれるように哀願した。
「ほんのすこしだけですよ」
妻君は彼をベ
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