の切目《きれめ》の中に小さい砂がはいりこんで、やがて激痛《げきつう》をおこすことになる。さらにその後になると、傷口からばい菌がはいって化膿《かのう》し、全く歩けなくなってしまう、熱帯地方では、傷の手当は特に念入りにしておかないと、あとでたいへんなことになるのだ。ラツールも、もう一度筏の上にはいのぼり、それから彼はあたりをさがしまわったあげく、ナイフで、カンバスに黒いタールがついているところを裂《さ》き、そのタールのついているところを玉太郎の傷口にあてた。そしてその上を、かわいたきれでしっかりとしばった。上陸するときは、この傷が海水につかるのをきらい、玉太郎を頭の上にかつぎあげて海をわたり、やがて海岸のかわいた上に、そっと玉太郎をおいた。
ラツールの全身には玉なす汗が、玉太郎の目からは玉のような涙がぽろぽろとこぼれおちた。
「君は、感傷家《かんしょうか》でありすぎる。もっと神経をふとくしていることだね。ことに、こんな熱帯の孤島では、ビール樽《だる》にでもなったつもりで、のんびりやることだ」
そういって玉太郎の両肩にかるく手をおいた。
「さあ、そこでさっきの仕事を大急ぎでやってしまうんだ。そこから枯草のるいをうんと集めてきて、山のように積みあげるんだ。もし今にも沖合《おきあい》に船影が見えたら、さっそくその枯草の山に火をつけて、救難信号《きゅうなんしんごう》にするんだ」
「はい。やりましょう」
二人はさっそくこの仕事にかかった。榕樹《ようじゅ》は海の中にまで根をはり、枝をしげらせていた。椰子は白い砂浜の境界線のところまでのりだしていた。椰子の木の下には、枯葉がいくらでもあった。
その枯葉をかつぎ出して、砂浜の上に積《つ》んでいった。よほど古い枯葉でないと、自由にならなかった。なにしろ椰子の葉は五メートル位のものは小さい方であったから、その新しい枯葉は小さく裂くことができないから、とても一人では運搬《うんぱん》ができなかった。古い枯葉なら、手でもって、ぽきんぽきんと折れた。
「ああ、のどが乾いた。水がのみたいなあ」
玉太郎がいった。
「今に、うんと飲ませる。その前にこの仕事を完成しておかねばならない。だって、命の救い船は、いつ沖合にあらわれるかしれないからね。しばらく我慢するんだ」
ラツールは、一刻も早く枯草積みをやりあげたい考えで玉太郎を激励し、きびしいことをいった。
玉太郎は、ひりひりと焼けつきそうなのどを気にしながら、ふらふらとした足取で仕事をつづけた。
「うわッはっはっはっ。うわッはっはっはっ」
とつぜんラツールが、かかえていた椰子の枯草を前にほうりだして、大きな声をたてて笑いだした。玉太郎はおどろいてふりかえった。戦慄《せんりつ》が、せすじを流れた、頼みに思った一人の仲間が、とつぜん[#「とつぜん」は底本では「とくぜつ」]気がへんになったとしたら、玉太郎の運命はいったいどうなるのであろうと、気が気でない。
椰子《やし》の実の水
「うわッはっはっはっ。うわッはっはっはっ」
ラツールの笑いは、まだやまない。
「どうしたんです。ラツールさん。しっかりして下さい」
「大丈夫だ、玉ちゃん。うわッはっはっはっはっ」
ほんとうに気がへんになっているのでもなさそうなので玉太郎はすこし安心したが、しかしその気味のわるさはすっかり消えたわけではない。
「ラツールさん。気をおちつけて下さい、どうしたんです」
「むだなんだ。こんなことをしても、むだなのさ」
やっと笑いやんだラツールが、笑いこけてほほをぬらした涙を、手の甲《こう》でぬぐいながら、そういった。
「何がむだなんです」
「これさ。こうして枯草をつみあげても、だめなんだ。すぐ役に立たないんだ。だって、そうだろう。枯草の山ができても、それに火をつけることができない。ぼくは一本のマッチもライターも持っていないじゃないか。うわッはっはっはっ」
「ああ、そうか。これはおかしいですね」
玉太郎も、はじめて気持よく笑った。いつもマッチやライターが手近にある生活になれていたので、この絶海《ぜっかい》の孤島《ことう》に漂着《ひょうちゃく》しても、そんなものすぐそばにあるようなさっかくをおこしたのだ。
「第一の仕事がだめなら、第二の仕事にかかろうや。この方はかんたんに成功するよ。ねえ玉ちゃん。腹いっぱい水を飲みたいだろう」
「ええ。そうです。その水です」
「水はそのへんに落ちているはずだ。どれどれ、いいのをえらんであげよう」
玉太郎は、ラツールがまた気がへんになったのではないかと思った。なぜといって、見わたしたところ、そこには川も流れていないし、海には水がうんとあるが、これは塩からくて飲めやしない。井戸も見あたらない。
ラツールは林の中にわけいって、ごそごそさがしも
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