望した。
どこまで、海流がこの二組を同じ方向へ流してくれるか安心はならなかった。
三百六十度、どこを見まわしても海と空と積乱雲《せきらんうん》の群像《ぐんぞう》ばかりで、船影《ふなかげ》はおろか、島影一つ見えない。
熱帯の太陽は積乱雲の上をぬけると、にわかにじりじりと暑さをくわえて肌を焼きつける。ふしぎに生命をひろって一夜は明けはなれたが、これから先、いつまでつづく命やら。玉太郎は水筒《すいとう》一つ、缶詰一つもちあわせていない。前途を考えると。暗澹《あんたん》たるものであった。
熱帯の太陽
腹もへった。
のどもかわいて、からからだ。
だが、それよりも、もっとこらえ切れないのは暑さだ。
「かげがほしいね。何かかげをつくるようなものはないかしら」
玉太郎は、自分のまわりを見まわした。
もちろん帆布《ほぎれ》もない。板片《いたぎれ》もない。
だが、なんとかしてかげをつくりたい。どうすればいいだろうかと、玉太郎は一生けんめいに考えた。
そのうちに、彼は一つの工夫を考えついた。それは、今|筏《いかだ》にしている扉の一部に、うすい板を使っているところがある。それを小刀で切りぬけば板片ができる。それでかげをつくろうと思った。
彼はすぐ仕事にかかった。ジャック・ナイフを腰にさげていて、いいことをしたと思った。仕事にかかると、ポチがとんで来て、じゃれつく。
扉は格子型《こうしがた》になっている。だから周囲と、中央を通る縦横《たてよこ》には、厚い木材を使ってあるが、それらにはさまれた四カ所には、うすい板が張ってある。ナイフでごしごしと切っていった。
やがてようやく四枚の板片がとれた。
ここまでは出来た。が、これから先はどうするか。
柱になる棒と、この四枚の板片を柱にむすびつける綱か紐がほしい。
紐はあった。ナイフについている。
柱になる棒だ。それさえ手に入ればいいのだ。
玉太郎は、身のまわりを見まわした。が、そんなものはない。
海面を見た。しかしそんなものは見あたらない。
彼はがっかりした。
それからしばらくたって、彼は何となく筏の端から、うす青い海面を眺めていると、彼をおどりあがって喜ばせるものが目にはいった。棒らしいものがある。それは水面下にかくれていたので、今まで気がつかなかったのだが、一種の棒である。
この筏になっている扉の蝶番《ちょうつがい》のあるところは、もとネジで柱にとめてあった。その柱が木ネジといっしょに扉の方へひきむしられて、ひんまがったまま水中につかつているのだった。
これが大きな柱だったり、鉄材に木ネジでとめてあるのだったりすれは、木ネジの方が折れてはなれてしまったことであろうが、その船は、ちゃちな艤装《ぎそう》のために、鉄材と扉の間にすきが出来、厚さ三四センチのうすい板の柱のように間につめこんであったのだ。だからこの板は、扉といっしょにはなれるのだ。
玉太郎は、水中に手を入れ、この板柱をはずして筏の上にあげた。長さは二メートルはある。手頃《てごろ》の柱だ。
こうして材料はそろった。
玉太郎は、これらのものを使って、筏のまん中に、板の帆をもった柱をたてた。涼《すず》しいかげができた。
「ポチもここへこい。ああ、ここにおれば楽だ」
玉太郎は、かげにはいって、生きかえったように思った。
書けば、これだけのかんたんな仕事であったが、これだけのことに、たっぷり二時間もかかった。
涼しくはなったが、いよいよ腹はへってきて、やり切れない。のどもかわく。
「ラツールさんも困っていることだろう」
彼はラツールさんに同情をして、その筏の方を見た。
「おや、ラツールさんも、かげをこしらえたよ。ふーン、あの筏は、だいぶんこっちへ近くなって来たが……」
ラツールの筏の上には、白い布《きれ》が柱の上に張られた。それは帆として働いている。ラツールのところには、なかなか布があるらしい。見ているうちに、また新しい帆が一つ張られた。
それがすむと、ラツールは、筏の上から、しきりに手まねをして、こっちへ何かを通信しはじめた。
それは何事だか分らなかったが、いくどもくりかえしているうちに、意味がわかりかけた。
“おーい、元気を出せ。僕はこの帆を使って、この筏を、そっちへよせる考えだ”
ありがたい。二人とも別々に海流の上にのって、どこまでも別れ別れに流されていく外ないのかと思っていたのにラツールの努力によって、二人は筏を一つに合わせることができそうだ。ああ、ありがたい。
玉太郎は、ラツールにお礼の意味でもって、それからしばらくポチにほえさせた。
ラツール氏は手をふって喜んでいる。
筏《いかだ》の補強《ほきょう》
ラツール氏の筏は、どんどん近づいた。
氏はヨット
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