はいあがってきた。
「もう一息だ。元気を出して……」
 マルタン氏が、やっと口をきいた。
「もう大丈夫。さあ行きましょう」
 玉太郎も、しゃがれ声を出して、マルタン氏の先に立って、また走りだした。
 さいごの椰子の木の林をとおりぬけ、二人は海岸にたっているテントめざしてかけた。
 小屋の前に、人々はあつまっていた。にぎやかに、歌をうたったり、手をあげたり、おどったりしている。酒宴《しゅえん》がはじまっているらしい。
 玉太郎とマルタンが近づくと、彼らは、酒によったとろんとした眼で、二人をよく見ようとつとめた。しかし首がぐらぐらして、はっきり見えないようすだ。
「だ、誰だ。こわい顔をするない。まあ、一ぱい行こう」
 そういったのは、水夫のフランソアであった。その横には、水夫のラルサンがよいつぶれて、テーブルがわりの空箱《あきばこ》に顔をおしつけたまま、なにやら文句の分らない歌を、豚のような声でうたっている。砂の上には、酒のからびんがごろごろころがり、酒樽《さかだる》には穴があいて、そこからきいろい酒が砂の上へたらたらとこぼれている。
 玉太郎もマルタンも、あきれてしまった。
 そのむこうの、大きなテーブルには、――テーブルといってもやはり空箱を四つばかりならべて、その上に布《きれ》をかぶせてあるものだが――巨漢《きょかん》モレロが、山賊の親方のように肩と肘《ひじ》とをはり、前に酒びんを林のようにならべて、足のある大きなさかずきで、がぶりがぶりとやっていた。彼の眼《ま》ぶたは下って、目をとじさせているようだったが、ときどきびくっと目をあいて、すごい目付で、あたりを見まわす。
「……おれが許すんだ。今日はのめ。……うんとのめ……文句をいう奴があったら、おれが手をのばして、首をぬいてやる。なあ、黄いろい先生」
 黄いろい先生といってモレロが首をまわした方向に、張子馬がしずかにテーブルについていたが、玉太郎とマルタンが、青い顔をしてかけこんで来たのを見ると、彼はさかずきをそっと下においてたち上った。そしてモレロの頭ごしに、玉太郎たちに声をかけた。
「なにか一大事件がおこったようですな。何事がおこりましたか」
 感情をすこしもあらわさないで、中国の詩人は、しずかにたずねた。
「たいへんです。恐竜の洞窟の中で、みんなが遭難《そうなん》してしまったんです」
「ロープが切れて、みんな崖《がけ》の中段のところに、おきざりになってしまったんだそうだ。すぐみなさん、救援にいって下さい」
「それは大事件ですね。ロープだけでいいのでしょうか」
 張は、冷静にたずねた。
「ロープと食糧とあかりと……それから薬がいる」と玉太郎がいった。
「ロープはいちばん大事なものだ。たくさん持っていく必要がある。そして早くだ」
 マルタンは、何が大切だか、よく心えていた。
 張子馬はうなずいた。そして水夫のところへ行って、
「おい、フランソア。ラルサン。もう酒もりは、おしまいだ。こんどはお前たち、出来るだけインチのロープを肩にかついで、あの密林の奥へ急行するんだ。分ったか、フランソアにラルサン」
 と、二人の肩を、いくどもたたいた。
 二人とも、首をぐらぐらしているだけで、張のいっていることが半分しか分らない面持《おももち》であった。
「やい、やい、やい、やい……」
 モレロが仁王《におう》のように立ち上った。
「おれをのけものにして、何をどうしようというんだ」



   慾《よく》の皮《かわ》


 玉太郎もマルタンも、気が気ではなかったが、救援隊はそれから一時間のちになって、出発した。
 そのときには、二人の話によって、留守隊の連中もだいぶんよいがさめかけてた。恐竜は一頭かと思ったのに、この島には五頭も六頭も集っていると聞いては、よいもさめるはずであった。
 密林をくぐりぬけて、沼のところへ出たときには、モレロも二人の水夫たちも正気にもどっていた。
「おや、学者親子が、あんなところで遊んでいるじゃないか」
 モレロが、けわしい目をして、沼畔の榕樹《ようじゅ》の根かたを、つきさすようにゆびさした。ツルガ博士とネリは、さっきからずっとそこにいたのだ。
 博士はモレロの声を聞くと、けいべつの色をうかべた。ネリはモレロのおそろしいけんまくにおびえて、父親の胸にすがりついた。
 玉太郎は、モレロに対していかりを感じ、大いにいってやろうと前へとび出そうとしたところ、張がそれをおさえた。
「相手がわるい。そして今は、大切な時だ」
 と、張は玉太郎にささやくようにいった。
 そうだ。ラツールやケン、ダビットたちを救うまでは、仲間われしては不利なのだ。それだけ救援力が小さくなるおそれがある。玉太郎は、いきどおりをぐっと胸の奥へのみこんで、ただネリの方へ同情の視線をおくった。
「あいつ
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