ったのに……」
 彼は顔一面にふきだした玉なす汗をぬぐおうともせず、目をみはった。
「え、この前には、こんな穴はなかったんですか」
 玉太郎が、きいた。少年は、仲よしのラツールが今ゆくえが知れないので、彼の運命がいいか悪いかを考えて、すべてのことが一々気になってしようがなかった。
「この前、わたしたちがここを通ったときにはね、ここらあたりは赤土の小山《こやま》だったがね、たしかに、穴なんかなかった」
「じゃあ、いつの間にか、その小山が陥没《かんぼつ》して穴になったんでしょうか」
「そうとしか思えないね。まさか道をまちがえたわけではないだろう」
 玉太郎と伯爵隊長が、大穴のできた原因について話し合っている間に、監督ケンは、穴のふちをのりこえて、斜面《しゃめん》をそろそろ下へ下りて行く。ポチは、いそいそと先に立っている。ダビット技師は、撮影機を大事そうに頭上高くさしあげて、こわごわ下る。
「深い穴がある。木や草がたおれている。たしかにこれは恐竜の出入りする穴だぞ」
 ケンは、昂奮してさけぶ。
 玉太郎も、伯爵をうながして、穴の中へ下りはじめた。
「ふーン。このにおいだて。これが恐竜のにおいなんだ」
 伯爵が、首をふって立ちどまった。
 なにか特別のにおいが、さっきから玉太郎の鼻をついていた。生《なま》ぐさいような、鼻の中をしげきするようないやなにおいだった。
 はっくしょい!
 伯爵が大きくくさめをした。
 するとそのくさめがケンとダビットにうつった。最後に玉太郎も、くしんと、かわいいくさめをした。
「くさめの競争か。これはどうしたわけだろう」
 監督ケンがにが笑いをした。
「思い出したぞ。このにおいは、附近に恐竜の雌《めす》がいるということを物語っているんだ。警戒したがいい」
 伯爵が、顔をこわばらせていった。
「えっ、恐竜にも雌がいるのかい」
 ケンが、調子はずれな声をあげた。
「あはは、あたり前のことを。あははは」
 ダビット技師が、ふきだして笑う。
「笑いごとじゃない。先へ行く人は、大警戒をしなされ。はっくしょい」
 伯爵は、うしろで又大きなくさめを一つ。
 穴をしたへおりるほど、砂がくずれ、枯れた草木がゆくてをさえぎり、前進に骨がおれる。が、誰もこのへんでもときた方へ引返そうなどと弱音《よわね》をふく者はなかった。そうでもあろう。こわいとか危険だとか恐ろしいと
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