この汽船を海岸へ近よせてもらいたい」
「それはだめです。いくらおっしゃっても、リーフに船底《ふなそこ》をやられてしまっては、この船はぶくぶくの外ありません。ボートで、早く下りていただきましょう。こんなおそろしいところでぐずぐずしていて、またこの前のように、恐竜のためにマストをかじられることは歓迎しませんからね」
 船長は、いよいよ逃《に》げ腰《ごし》である。そうでもあろう。探険資金が少ないので、セキストン伯爵が、ねぎりにねぎって雇《やと》ったこのぼろ船のことである。船長以下の乗組員も、こんなやすい契約の仕事は早くおしまいにしたいと思っている。今のところ下級船員たちが、恐竜のおそろしさを知らないから、わりあいにまだ船内は静かにおさまっている。
 そこで伯爵と船長の間に、もう一度おし問答があったがそのけっか、両者の間に、次のような協定がまとまった。すなわち、あと三十分以内に、第一回上陸希望者は、ボートにのりうつって、この汽船シー・タイガ号をはなれること。本船は、ただちにこの地点をひきあげ、てきとうなところで時間をおくり、あすの夜八時になったら、ふたたびこの地点まで来る。そして夜八時から九時までの一時間のうちに伯爵たちとれんらくをとること。それから、こういう出会《であい》は、三回かぎりのこと。それがすめば、伯爵たちの側にどんな事情があろうとも、本船は一路本国へひきあげること。
 もちろん伯爵の方では、この条件にたいへん不満があったが、船長たちのきげんをこの上わるくしては、もっとわるい条件を出されるおそれがあったので、このへんでだきょうした。
 そこで伯爵は、かねて同行してきた連中たちをあつめて、第一回上陸希望者をつのった。
 ところが、そういう人たちは、みなこのふしぎな探険に胸をおどらせ、あるいは慾の皮をつっぱらせて伯爵に同行をねがった連中だったから、その大部分が第一回の組にはいりたがった。
 けっきょく、くじびきできめることになった。
 そのけっか、えらばれた人は、次の十名であった。
 まず、団長のセキストン伯爵はくじびきぬきでくわわることに、だれも異存《いぞん》はなかった。
 ツルガ博士《はかせ》。これは熱心な考古学者であった。しかし貧乏な人で、パリの一隅《いちぐう》に研究室を持っていた。
 このツルガ博士の娘で、ネリという幼い金髪少女。博士の家族は今自分とネリ嬢とた
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