て、彼は安心したが、胸ははげしく動悸《どうき》をうっていた。
附近には、同じ三等船客が眠っていた。彼らは玉太郎のうめき声に気がついた者もあるはずだったが、誰も親切心を持っていなかったと見え、この少年を呼び起してやる者がなかった。もっとも玉太郎は、そういうことを、ちっとも気にしていなかったが……。
それよりも、目ざめた玉太郎がすぐ感じた不安があった。それはいつも自分のベットの下に寝ている愛犬ポチの気配がしなかったことだ。彼はむっくり起きあがると、ベットの下をのぞいた。
ポチはいなかった。
やっぱりそうだった。ふしぎなことだ。玉太郎が寝ている間は、ほとんどそばをはなれたことのないポチが、なぜ今夜にかぎつて無断《むだん》で出かけてしまったんだろう。
「ポチ……。ポチ……」
玉太郎は、あたりへえんりょしながら、犬の名を呼んだ。
「しいッ」「ちょッ。しいッ」
たちまち、他のベットからしかられてしまった。
玉太郎は、ベットの上に半身《はんしん》を起した。そのときだった。彼はポチのほえる声を、たしかに耳にしたと思った。しかしそれは、遠くの方で聞えた。どこであるか分らない。この船室でないことだけはたしかであった。
玉太郎は、いそいではね起きた。そしてすばやく上衣《うわぎ》とパンツをつけ、素足《すあし》でベットの靴をさぐって、はいた。
それから枕許《まくらもと》から携帯電灯《けいたいでんとう》と水兵ナイフをとって、ナイフは、その紐《ひも》を首にかけた。そして足ばやにこの部屋をでていった。
戸口のカーテンを分けて出ようとしたとき、またもやポチのほえるのを聞いた。どうやら二等船室の方らしい。いやなほえ方だ。強敵《きょうてき》におそわれ、身体がすくんでしまってもがいているような声だった。玉太郎は、一刻《いっこく》も早くポチを救ってやらねばならないと思い、せまい通路を走って、二等船室の方へとびこんでいった。犬の姿は、なかった。
と、船室の戸がひらいて、そこから顔を出した者があった。
ラツール記者だった。
「おや、玉太郎君かい。どうしたんだ」とむこうから声をかけた。
玉太郎は、そばへかけよると自分の寝台《しんだい》の下からポチが見えなくなって、どこやらで、いやなほえ方をしていることを手みじかに語った。
「ふーン、なるほど。僕もポチの声で目がさめたんだ。この戸口の外でへ
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