けか、ポチは姿をあらわさなかった。玉太郎は、モンパパ号の上でも、椿事《ちんじ》の前にポチの姿が見えなくなったことを思い出して、不安な気持におそわれた。


   密林《みつりん》の奥《おく》


「また。ポチがいなくなったって。なあに、だいじょうぶ。硝石《しょうせき》なんか積んでいたモンパパ号とちがって、これは島なんだから、爆発する心配なんか、ありゃしないよ」
 ラツールは、なまぐさいおくびをはきながら、そういって、空《から》になった椰子の実を足もとにどすんとすてた。
 なるほど、そうであろう。しかしこの広くない島にしろポチは何にひかれて単身《たんしん》もぐりこんでしまったのであろうか。
「さあ、そこで第三の仕事にうつろう」
「こんどは何をするんですか」
「火がなくて、沖合《おきあい》へのろしもあげられないとなれば、いやでもとうぶんこの島にこもっている外ない。そうなれば食事のことを考えなければならない。何か空腹《くうふく》をみたすような果物かなんかをさがしに行こう」
「ああ、それはさんせいです」
「多分この密林の中へはいって行けば、バナナかパパイアの木が見つかるだろう」
「ラツールさんは、なかなか熱帯のことに、くわしいですね。熱帯生活をなさったことがあるんですか」
 玉太郎は、ラツールがどんな返事をするかと待った。
「熱帯生活は、こんどが始めてさ。しかしね、二三年前に熱帯のことに興味をおぼえて、かなり本を読みあさったことがある。そのときの知識を今ぼつぼつと思い出しているところだ」
「そうですか。どうして熱帯生活に興味をおぼえたんですか」
「それは君、例の水夫ヤンの――」
 と、ラツールがいいかけたとき、どこかで犬のはげしくほえたてる声が聞えた。ポチだ。ポチにちがいない。
 二人は同時に木蔭《こかげ》から立ち上った。そしてたがいに顔を見合わした。
「どこでしょう。あ、やっぱりこの林の奥らしい」
「どうしたんだろう。玉ちゃん、行ってみよう。しかし何か武器がほしい」
 ラツールは、筏《いかだ》の折れたマストに気がついて、そのぼうを玉太郎と二人で、一本ずつ持った。そして林の中へかけこんだ。
 が、二人は間もなく、走るのをやめなければならなかった。というのは密林の中は、もうれつにむんむんとむし暑かった。汗は滝のようにわき出るし、心臓はその上に砂袋をおいたように重くなり、呼吸を
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