うとしているそうです。あなたも力を貸して下さい」
 マルタンはそういって博士に呼びかけたが、博士はそれにたいして、頭を二つ三つ左右にふり、そのあとで、同じように手をふっただけであった。
 ネリの方はびっくりして立ち上り、博士の手をとって立たせようとした。だが博士は、お尻に根がはえたように、その位置から動かなかった。
「邪悪《じゃあく》な慾望を持った者たちの上に、おそろしい災難が落ちかかるのは、あたり前だ。わしは彼らに同情する気がおこらない。わしは恐竜の方に味方する。あの人たちが何をいおうと、かかわりあわないがいい」
 博士は、ネリにいった。
 ネリは苦しげに眉《まゆ》をよせて、父親と、玉太郎とマルタンの両人とを見くらべたが、やがて力なくその場にしゃがんだ。
 玉太郎は、ツルガ博士のたいどとことばをふかいに感じた。四人の人間の生命が失われそうなときに、博士は自分だけが正しいのだ、自分さえよければいいんだと思っているらしいのにたいし、いきどおりをおぼえた。
 だが、そのことで博士をとがめているひまはなかった。そんなことよりも、早く大ぜいの救援隊員をあつめ、それから長いロープをかついで、恐竜の洞窟へ一刻も早くかけつけなくてはならないのだ。
 マルタンも同じことを思っていたと見え、
「玉太郎君。あの人はほうっておいて、早く海岸へ行って、他の人たちに協力をもとめようではないか。その方が早い」
「ええ、それでは急いで、海岸へもどりましょう」
 と、二人は密林のなかへかけこんだ。


   海岸の乱宴《らんえん》


 太っちょのマルタン氏が、けんめいに密林の雑草をかきわけて、早く走ろうとするその姿は、こっけいでもあったが、そのまごころを思えば、玉太郎は笑えなかった。
 二人は、やけつくようなのどのかわきをがまんし、顔や手足にひっかき傷をこしらえて、密林を突破した。
 椰子《やし》の木のむこうに、まぶしい海が見えてきたとき、玉太郎は気がゆるんで、ふらふらと倒れそうになった。それをマルタンがうしろからかかえてくれた。
 しかしマルタン氏は声が出なかった。それで、声のかわりに玉太郎の肩をぱたぱたとたたき、彼の顔をハンカチであおいでやった。
 玉太郎もやはり声が出なかったので、身ぶりでもってマルタン氏に感謝した。つっ立っている二人の脚から腹へ、腹から胸へと、赤蟻《あかあり》がぞろぞろと
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