伯爵がしゃがれ声でさけんだ。しかしそのことばの意味は、玉太郎には通じなかった。玉太郎は、老伯爵がいよいよきみょうなうなり声をあげるので気味がわるくなり、どうしたのですかと、又たずねた。
「どうもしない。どうもしない。君、君なんかには絶対に関係ないことだ」
伯爵は、口ごもりながら、そうべんかいして、玉太郎をぐっとにらみつけた。
「そんならいいですが、あなたはなぜ、さっきから昂奮していらっしゃるんですか、伯爵」
玉太郎は、そういわないで、いられなかった。
「伯爵? あ、そうか。なに、わしが昂奮しているって、……あははは、とんでもない。わしは北氷洋の氷魂《ひょうかい》のように冷静だ」
なんだかわけのわからぬことを伯爵はさけんで、やっぱり昂奮していた。しかし彼は自分の昂奮を極力《きょくりょく》他人に知られたくないようすであった。とにかく、そのとき以来、伯爵は急にじょうきげんにかわったことはたしかであった。いったい何がこの老人を、こんなにうれしがらせているのであろうか。
「伯爵。その望遠鏡を、ちょっとぼくにかして下さいな」
「この望遠鏡を!」伯爵は、起きなおって例の望遠鏡をしっかり胸にだいた。「とんでもない。これは大事なものだ。貸すことはできない。ぜったい出来ない」
伯爵のようすは、いよいよただごとではなかった。玉太郎は、自分の方の味方をふやすために、あたりを見まわして、ケンとダビットの姿をもとめた。
と、その二人は、岩頭からのりだすようにして、しきりに恐竜の生態《せいたい》を映画にとっていて、ほかのことはぜんぜん注意をはらっていなかった。それもむりではない。さっき第一回の撮影に大失敗し、そのあと突然ふってわいたすばらしい恐竜洞の光景をつかまえ、今こそすばらしい機会だ、思う存分フィルムへとってしまえと、二人の映画人は夢中になっているのだった。
玉太郎は急に自分ひとりがそこにとりのこされているような気がして、おもしろくなかった。
彼は、愛犬ポチのことを思い出した。ポチを呼ぶために、口笛を吹こうとしたが、その直前に思いとどまった。恐竜は口笛がきらいなんではなかったか。口笛を吹いて、せっかくおとなしくしている恐竜をよび、巨獣《きょじゅう》どもを怒らせてはたいへんだ。
口笛を吹くのをやめたかわりに、玉太郎は岩鼻から前半身をのりだして、崖の下をながめた。
下はすごい
前へ
次へ
全106ページ中56ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング