くしずめることができた。そしてこの怪奇にぜっする恐竜洞を一そう心をおちつけてながめた。
 見れば見るほど、天下の奇景《きけい》であった。岩山がうまくより集って、偉大なる巣窟《そうくつ》をつくっている。日は明るくさしこみ、そして洞窟の中をひたしている海水は、外洋《そとうみ》に通じているようであった。そのしょうこには、海水は周期的《しゅうきてき》に波立ち、波紋がひろがった。波は玉太郎の見ているところの方へ打ちよせて来る。してみれば、波がはいりこむ入口はこの洞窟の奥まったところにあるらしい。
 そういえば、奥の方で、ときに美しい虹が見えることがあった。
 恐竜が遊んでいる洞窟の中には、海水ばかりではなく、方々に赤黒い岩が水面より頭を出していて、まるで多島海の模型《もけい》のように見えた。その岩は、海水にいつもざあざあと洗われているものもあれば、水面より何メートルもとび出して、どうだ、おれは高いだろうと、いばっているように見えるのもあった。
 怪鳥《かいちょう》が、しきりに洞窟内をとびまわっていた。そしてぎゃあぎゃあきみのわるい声で泣いた。
 玉太郎が、この奇景に見とれていると、彼のそばへ、誰かしきりに身体をすりよせてくる者があった。玉太郎は、その者のために、横へおされて、姿勢をかえないと落ちるおそれがあるのに気がついた。「何者か、この無遠慮《ぶえんりょ》な人は」とふりかえると、なんのこと、それは探検隊長のセキストン伯爵だった。
(あ、この老人も、こわがっているんだな)と、玉太郎はちょっとおかしくなった。伯爵は、こわいものだから、玉太郎の体をかげに利用して、こわごわ岩鼻のむこうを眺めようとしているのであろうと、玉太郎は初めはそう思ったのだ。
 ところが、それにしてはへんなところがあるのに、玉太郎は気がついた。というのは、伯爵の両眼《りょうがん》は、くわッと大きくむかれていた。まばたきもしない。前方の一つところを、じいッと見つめているのだった。
 その視線をたどってみると、どうやら伯爵の視線は、洞窟の海水のひたしている中央部あたりにつきささっているらしい。恐竜は、一頭は岩の上にはい上っているが、他の三頭はもっと左側へよったところで、あいかわらずふざけていたから、伯爵は恐竜を見つめているのではない。
 なにごとだろう。伯爵は、何を考え、何をしようとしているのか。


   伯爵
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