螺だった」と、理学士はまだ惜しそうに、空《から》になった殻《から》を振り、奥の方に箸をつきこみながら、舌なめずりをした。「やあ、いくら突ついても、もうでてこないや」
「僕の御馳走が、お気に召して恐縮《きょうしゅく》だ」大蘆原軍医は、ウィスキーをつぎこんでも、一向赤くならない顔をあげていった。「だが、食うものがボツボツ無くなり、こう腹の皮が突っ張ってきたのでは、一層睡くなるばかりだね。――それじゃ、どうだろう。これから皆で、一時間ずつ交替で、なにかこう体験というか、実話というか、兎《と》に角《かく》、睡気《ねむけ》を醒《さ》ます効目《ききめ》のある話――それもなるたけ、あまり誰にも知られていないという話《やつ》を、此の場かぎりという条件で、喋《しゃべ》ることにしちゃ、どうだろうかね」
「ウン、そりゃ面白い」と星宮理学士が、すぐ合槌《あいづち》をうった。
「いま九時をすこし廻ったところだから、これから十時、十一時、十二時と、丁度《ちょうど》真夜中《まよなか》までに、三人の話が一とまわりするンじゃ。川波大尉殿、まず君から、なにかソノ秘話《ひわ》といったようなものを始め給え」
「儂《わし》に口を開かせるなんて、罪なことだと思うが」と川波大尉は、ちょっと丸苅《まるがり》の坊主頭《ぼうずあたま》をクルリと撫《な》でながら、「どうせ三人きりのことだ。一人|脱《ぬ》けたって面白くあるまい。それじゃ、何か話そうか、ハテどんなことを喋《しゃべ》ったものか……」


   第一話 川波大尉の話


「大蘆原《おおあしはら》さんが云ったとおり、本当にこれは此場《このば》かぎりの話なんだが、一昨年《おととし》の秋の事、南太平洋で海軍の特別大演習があった時の事だったが、演習もいよいよ峠《とうげ》が見えて来た四日目。場所は、退却を余儀なくされている青軍《せいぐん》の最前線にあたる土佐湾《とさわん》の南方五十|浬《カイリ》の洋上だった。
 儂は、この青軍の航空母艦『黄鷲《きわし》』に乗っていて、戦闘機を一台受持ってた。こいつは最新型というやつではないが、儂達《わしたち》には永年《ながねん》馴染《なじみ》の、非常に使いよい飛行機だった。当時儂の配属《はいぞく》は、第十三戦隊の司令で、僚機《りょうき》として、同型の戦闘機二台を引率《いんそつ》していたのだった。わが青軍の根拠地の土佐湾は、いよいよ持ちき
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