かに入ってきたので、また気が変な女でもやってきたのかと思ったよ。ハッハッハッ」と星宮理学士が、作ったような笑い方をした。
「いや、遅くなった。患者《かんじゃ》が来たもんで(と、『患者』という言葉に力を入れて発音しながら)手間がとれちまった。だが、お詫《わ》びの印《しるし》に、お土産を持ってきたよ、ほら……」
そういって大蘆原軍医は、入口のところで何やら笊《ざる》の中に盛りあがった真黒なものを、さしあげてみせた。
「何じゃ、それは……」
「栄螺《さざえ》じゃよ、今日の徹夜実験の記念に、僕がうまく料理をして、御馳走をしてやるからね」大蘆原軍医はそう云ってから、笊《ざる》の中から、一番大きな栄螺を掴《つか》みあげると、二人のいる卓上《テーブル》のところまで持ってきた。磯《いそ》の香《か》がプーンと高く、三人の鼻をうった。すばらしく大きい、獲《と》れたばかりと肯《うなず》かれる新鮮な栄螺だった。
「大きな栄螺じゃな」と大尉は喜んだ。
「軍医殿は、人間のお料理ばかりかと思っていたら、栄螺のお料理も、おたっしゃなんだね」と、星宮理学士が野次《やじ》った。
そこで三人の間にどっと爆笑が起った。だが反響の多いこの室内の爆笑は大変|賑《にぎや》かだったが、一旦それが消えてしまうとなると、反動的に、墓場のような静寂《せいじゃく》がヒシヒシと迫《せま》ってくるのだった。
「キキキッ」
とまた鳴いた。
「可哀想《かわいそう》に、鳴いているな」そう云って大蘆原軍医は、大きい鉄枠《てつわく》のなかを覗《のぞ》きこんだ。そこには大きな針金で拵《こしら》えた籠《かご》があって、よく肥ったモルモットが三十匹ほど、藁床《わらどこ》の上をゴソゴソ匍いまわっていた。
「じゃ、そろそろ実験にとりかかろうじゃないか」と星宮理学士が、腰をあげて、長身をスックリと伸《のば》した。
「よかろう」研究班長の川波大尉は、実験方針書としるしてある仮綴《かりとじ》の本を片手に掴《つか》みあげた。「第一測定は、午後九時カッキリにするとして、まず実験準備の方をテストすることにしよう。大蘆原軍医殿に、モルモットを硝子鐘《ガラスがね》のなかに移して貰おう。それから、星宮君は、すぐ真空喞筒《しんくうポンプ》を回転《まわ》してくれ給え」
航空大尉と、理学士と、軍医との協同実験が始まった。これは川波大尉が担任する研究題目で、航空
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