』
『でも、ここは小屋の中だぜ。ホスゲン瓦斯が発生しても、まさか小屋を出てから向うの空気窓にとどくかしら』
『大丈夫、とどくさ』と帆村は自信ありげに返事をした。『ホスゲンは空気の三倍半も重い瓦斯だ。壜の中から小屋の中に流れだすと、床を匍《は》うよ。ところが床下が、ほらこんなにすいている。すると必然的に、屋上に流れ出すじゃないか。しかもその前に、待っていましたとばかり壁で囲まれた空気窓がある』
『空気窓から階下へ入っていったというのかい。逆じゃないか』
『なにが逆なものか。それでいいんだ。いいかね。屋上は寒冷だ。ところが惨劇のあった二階は、夕方から急にストーブを三つもつけて、とても温くなった。だから室内の空気は軽くなっている。ところへこの重いホスゲン瓦斯がやってきたものだから、これは温い空気と入れ替えに喜んで烟突を下ってゆく。そしてあのとおり七人が七人やられてしまったんだ』
『ほほう、そうかね』
『このホスゲンは、相当濃かったので猛毒性をもっていた。十分も嗅いでいれば、充分昏倒するぐらいの毒性はあったと認める。しかし室内の七人は実験に夢中になっていて、それと気づかなかったんだね。恐るべき――しかし危険きわまる熱心さだ』
そういった帆村は屋上に出た。僕も彼のあとにつづいて外に出たが、そのとき帆村は莨《たばこ》を吸うため、ぱっと燐寸《マッチ》をつけているところであった。
[#地付き](「シュピオ」一九三八年四月号)
底本:「「シュピオ」傑作選 幻の探偵雑誌3」ミステリー文学資料館・編、光文社文庫、光文社
2000(平成12)年5月20日初版1刷発行
初出:「シュピオ」
1938(昭和13)年4月号
入力:網迫、土屋隆
校正:門田裕志
2005年3月17日作成
青空文庫作成ファイル:
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