へも罹災者が入って来られた由。
◯昨夜、疎開すべきや否やについて英と協議す。但し決まらず。
◯昨夜、ねえやの米ちゃん、松ちゃんを解雇し、親もとへかえす。来る十五日頃、こういう人達へ徴用があるとかで、両人がことのほか心配している故、英が解雇の決意をしたものである。今は朝子がいるのですこしはいいが、二十日に朝子も鹿児島へ行くので、そのあとは忙しくなろう。
三月十四日
◯浅草へ行って三月十日の空襲のあとを見る。震災に比べて、延焼の時間が短かかったので(震災は三日間で焼け、今度は六時間位で焼けた)惨害もひどかったことがうなずける。こんなに焼けているとは思わなかった。浅草寺の観音堂もない、仁王門もない、粂《くめ》の平内殿は首なし、胸から上なし、片手なしである。五重塔もない。
◯吾妻橋のタモトに立って眺めると、どこもここも茫々の焼野原。
◯象潟二丁目の或る隣組では、四十五人の人員が二十人しか生存していない。
◯水の公園では押されて人々が倒れると、その上に将棋だおしとなって多勢が圧死し、そこへ火が来て、一層凄絶なこととなった。佐川のおばさんは、かかる折、息子とつないでいた手を放して倒れて下敷となり、息子さんの懸命の努力に拘らず母を救い出し得ず、そのままとなった由。
◯大正震災のときは、それでもかなり今戸の川ぷちに家が残ったものだ。今度は完全に焼けてしまった。痔の神様ももちろんなし。
◯浅草の田中さん、早期に言問橋を渡って左折し(牛の御前と反対方向)そこで助かった。但しその一廓を残し、ぐるりは焼けた。
◯厩橋の常田久子も、赤ちゃんを背にしてにげ、新大橋の下に何時間もがんばって、ようやく二つの命を拾った由。
◯浅草は稲荷町から上野駅前へかけて焼け残っている。他に人家を見ず。
◯二時間半歩いて上野駅へ達した長蛇のような女工さんの群あり、集団引越だそうな。
三月二十一日→二十六日
◯朝子を鹿児島へ送っていった。往復六日間、列車に乗りづめ。
◯鹿児島は最近敵機動部隊の来襲を受けたばかりのところで、各家とも城山に横穴掘り、また家財を焼かないための地窖《あなぐら》掘りに忙しい。しかし町はどこも焼けたところを見なかった。人心も東京にくらべればすこぶるのんびりして見えた。
永田のお父さんとお母さんとで、この忙しさの中に餅をついてくださった。もち粟《あわ》の餅、ことにうまし。お土産にももらっていく。
◯鹿児島でレモンを売っているのをみつけて十五個買った。一個十四銭ほど、やすい、そしてうまい。
◯桜島へ敵機が二機とか四機とか衝突し、燃えていたそうな。
◯鹿児島行の列車で、沖縄本島へ帰る少尉さんに馴染みとなる。「いずれ来るでしょう、しかし今は内地の方々には済まんようないい生活をしていますよ、砂糖も酒もふんだんにありまして、砂糖などすぐ一キロぐらい、ペロリと甞《な》めてしまうです……」など、話の上手な親しみ深い勇士だった。内地へ連絡に来て、これから鹿児島に入り、飛行機で飛んで行くのだという。まだ四、五日はかかるといっていた。
沖縄のこの前二回の艦載機の来襲の話も聞いた。「敵の奴、飛行場の偽飛行機や偽戦車に銃撃をくりかえすのですよ。戦車があまり焼けないので、こっちから決死隊を一人出し、油をもたせてやって一台を焼きました。すると敵の奴よろこびやがって、それからのこりの戦車へ来るわ来るわ……」などという朗らかな話や、近く敵襲の警報が入ると、滑走路に小屋を運搬していって建て、村落と化して敵の目をごま化す話など、たいへん面白かった。この勇士は、門司から鹿児島行の列車で私たち両人をたいへん世話してくれた。(敵は沖縄本島へ二十日に上陸した。この勇士殿は帰れたかどうか?)
◯往路、車中より神戸の南部の工場地帯が今もなお炎々と燃えつづけているのを見て、「畜生、かたきをうつぞ」と心に叫ばしめた。帰途は車窓が山側に位していたので肝腎の南側の方は見られなかった。しかし山側を見ていると、須磨迄は大丈夫であったが、林田区に入ると俄然《がぜん》大きく焼けていた。三菱電機の研究所のあった建物も焼けていた。湊川新開地も焼け、福原も焼けていた。市電の南側が少し残って、神戸駅迄に及んでいる。
裁判所焼け、となりの市庁は無事。それから東へ行って北長狭の辺、三宮の辺が焼けていた。県庁は残っているが、菊水は空し。惜しいことだ、あのコレクションは。さらに東へ行って元神戸一中に至るあたりが焼け、グラウンドで延焼を喰いとめている様子。
さらに東へ行って、御影が焼けている。線路ぞいに焼けていて、元の朝永の家も焼けてしまったように見える。
岡東の話では、一中も三中も焼けたというが、とにかく山の手は静かに残っていて、なつかしい神戸の面影を見せていた。
◯大阪はどこが焼けているのか車窓からは見えず。(話
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