うというのかね」
「それは分っていますよ。海溝のような大深海《だいしんかい》における資源を、一度に完全に、こっちのものにしようというんです」
「なんだか、とても大きなバクチの話を聞いているような気がするよ。――それで、その資源というと、どんなものかね。特別の掘出し物でもあるのかね」
「それはいろいろあるという話ですがね、中でもみんなの期待しているのは……」
といいかけたとき、僕たちは急に明るい広々とした大造船所《だいぞうせんじょ》みたいなところへ出た。
原子エンジン
こんな大仕掛な造船所を、いまだ見たことがない。しかも地上にあるのならとにかく、海底の国にこんな造船所を設備して、いったい何になるのであろうかと、僕はふしぎに思いながら、そのすばらしい機械の動きに目をみはっていた。
「お客さん。今、ここから海溝へ棚をつきだしているのですよ」
とタクマ少年はいった。
「もう一時間もすれば、予定の棚は全部出来上るそうです。棚が出来たところからは、更に下へ向かって柱をたてます。どんどん柱が立ったところで、それを横につらねて、堅固《けんご》な壁が出来ます。そうして一|区画《くかく》ずつ出来上ると、こんどは排水《はいすい》作業をやります。壁の下部に排水|孔《こう》がありますから、そこから海水を押出すのです。ああここに工事のあらましを書いた図面がありますから、これをごらんなさい」
タクマ少年は、やすんでいる起重機《きじゅうき》の上にのっていた青写真をとりあげると、僕に見せてくれた。なるほど、その図面には、今少年が話をしてくれたとおりの、大胆《だいたん》きわまる大深海《だいしんかい》の工事が略図《りゃくず》になって、したためられてあった。
「すばらしい着想だ。が……」
僕は、あとの言葉をのみこんだ。
「だが、どうしました。どこかおかしいですか」
少年は、すっかり僕を田舎者にしてしまって、おとなしくその相手になってくれる。前のように、僕がとんちんかんなことをいっても、あざ笑うようなことはなくなった。
「つまりだね、棚を海中に横につきだすという考えはいいが、その棚を横につきだすにはたいへんな力が要《い》るよ」
「それはわけなしです。原子力エンジンでやればいいですからね」
「ふん、原子力エンジンか。なるほど。しかしだ、棚を海中へにゅうと出す。すると棚と、われているこの地下街の壁との間に隙間《すきま》が出来るだろう。その隙間から、海水がどっと、こっちへ噴《ふ》きだすおそれがある。なんしろ海面下何百メートルの深海だから、この向こうにある海水の圧力は実に恐るべきものだ。ああ、僕は心臓がどきどきして来た」
僕の顔から血がさっとひいて、皮膚が鳥肌《とりはだ》になるのが、僕自身にもよく分った。
「お客さん、大丈夫ですよ。そんなことは、始めから考えに入れて計画してあるんですから、危険は絶対にないですよ。石炭やガソリンを使った昔のエンジンに、危険はあったにしろ、原子力エンジンになってからは、そんな危険は一つもないですよ。それというのが昔のエンジンは出力《しゅつりょく》が小さいのでそのために能率をうんとあげなければならず、そこに無理が出来てよくエンジンの故障や機関の爆発などがあったんですよ。今の原子力エンジンでは、出力は申し分なく出ます。能率は、低いものでも三千パーセント、いいですか百パーセントどころじゃなくて、三千パーセントですぞ。つまり三十倍に増大して行くんですから、出力は申し分なしです。ですから、昔のように無理をして使うということがない。従って、危険だの何だのという心配は、絶対にしなくていいんです」
タクマ少年の話を聞いているとたいへんうれしいやら、そしてまた僕自身の頭の古さが腹立たしいやらであった。
だが、それにしても、僕は知ったかぶりをしてはよろしくないと思った。分らないことは何でも分るまで聞いておくがいいと思った。ことにこの案内人のタクマ少年と来たら、肩のところにかわいい羽根をかくしている天国の天使じゃないかと怪《あや》しまれるほどの純良《じゅんりょう》な無邪気《むじゃき》な子供だったから、僕は知らないことを知らないとして尋《たず》ねるのに、すこしも聞きにくいことはなかった。ただ、自分の頭の悪さに赤面《せきめん》することは、しばしばあった。
「さあお客さん。実物を見た方が早わかりがしますよ。あれをごらんなさい。ぐんぐんと向こうへ押し込まれていく不錆鋼《ふしょうこう》の長い桿《かん》[#ルビの「かん」は底本では「かく」](ビーム)をごらんなさい。あれが棚になる主要資材なんです」
なるほど、巨人国で使うレールのような形をした鉄材が数十本、上下から互いに噛み合ったようになったまま、ぐんぐん壁の向こうへ入っていく。すさまじい力だ。原子力エンジンを使ってうちこんでいるのだ。
「よく見てごらんなさい。あの長い桿には、端《はじ》というものがないですからね。どこまでも一本ものとして続いているでしょう。あれは蚕《かいこ》が糸をくりだすのと同じ理屈で桿が製造され、そして製造される傍《そば》からああして押し出され、うちこまれていくのです」
全くすばらしく進歩した技術だ、僕は舌をまいて感心のしつづけだ。
そのとき僕は、これは夢をみているのではないかと思った。それはかかる大工事が行われているのにも拘《かかわ》らず、よく工場で耳にするあのやかましく金属のぶつかる音が、すこしもしないのであったから……。
乾《かわ》いた海溝底《かいこうてい》
「ふしぎだなあ、これだけの大仕掛な工事が行われているのに、さっぱりそれらしい鉄のぶつかる音がしない」
僕がそういうと、タクマ少年がびっくりしたような顔で、僕をみつめていたが、しばらくしてやっと分ったという顔付になり、
「ああ、お客さん、昔はニューマチック・ハンマーとか、さく岩機《がんき》だとか、起重機《きじゅうき》だとかいう機械が土木工事に使われていて、たいへんにぎやかな音をたてていたそうですよ。しかし今は、雑音制限令《ざつおんせいげんれい》があって、そういう不愉快な音は出せないことになっています。それに、穴を掘ったり、鉄の棒をおしこんだりする器機も、原子力エンジンから力を出すので、まるで巨人が棒をおしたり、巨人が土を手で掘ったりするように、楽に仕事が出来て、音もしないのです。……さあ、あっちへ行ってみましょう。海溝工事場で、海水をかいだしてもう人間が歩けるようになっている所がありますから、そこを見物しましょう、どんな鉱物が掘りだされるか、おもしろいですよ」
タクマ少年は、ずんずん歩きだす。僕はそのあとからおくれまいとついていく、そこには既《すで》に、丹那《たんな》トンネルのようなりっぱなトンネルが出来ていて、あかるい電灯が足許《あしもと》を照らしているので、すこしも危険なおもいをしなくてすんだ。
おどろいたことは、いつの間に据《す》えつけたか、エレベーターが十台ばかり並んで、しきりに上《のぼ》り下《お》りしている。ずいぶん早い仕事ぶりだ、とても何から何まで、僕には意外なことばかり、昔おとぎばなしで読んだ「魔法の国」に来ているような気がする。
そのエレベーターの一つに乗りこんだ。タクマ少年と二人きり、運転手は居ない。中へ入って、タクマ少年が数字のついているボタンのうえを押すと、エレベーターは自動式に扉がしまって、下へさがり始める。
こんなエレベーターなら、僕だって知っていると思った。しかししばらくすると、これがあたりまえのエレベーターではないことが解《わか》った。扉は透明であったし、また箱の奥の板もまた透明であった。だから前方もよく見えるし、後側もよく見えた。そしてどういう仕掛か分らないが、まっすぐに下におりるだけではなく、横に走っていることもあった。つまり上下だけでなく、横にも走れるエレベーターなのだ。
「こっち側が海になっています。海水がある側です」
と、タクマ少年は、箱の後側を指した、なるほど、いつの間にかそちらの側には、美しい深海の光景がひろがっている。妙な形をした色のきたない魚が、ゆっくり泳いでいる。みんな深海魚だそうである。
そのうちにエレベーターは、速力をゆるめて、ぴったりと停る、扉があく。
「下りましょう、海溝の棚工事場の底のところへ来たのです」
エレベーターの外へ出てみると断崖《だんがい》の下へ出たような気がした、正《まさ》しく断崖にちがいない。目の前にそびえ立つのは、海溝をつくっている海中の断崖であったから。
断崖の下は、かなりひろく平《たい》らにならされていて、芸術的ではないが、実用向きの幅《はば》のひろいセメント道路が出来ていた。仕事の早いのには全くおどろかされる。僕が今立っているところは、昨日の夜までは、海水が満々《まんまん》とたたえられていたところで、深海魚どもの寝床であったんだ。
海溝の断崖の色は、わりあい明るい色をしていた。黄いろいような、赤味のついているような岩質で、黒ずんだ醜《みにく》い深海魚とは、およそ反対の感じのものだった。
道を行くこと五十メートルばかりで、断崖の中へ向かって掘りすすめられている坑道の入口へ出た。これは今、試験的に、穴を掘ってみているので、土はどんな地質かどんな岩があるか、鉱石であるかそれを調べているのだという。
坑道の中から、長い帯のようなものが出ていて、それが川の流れのようにこっちへ押しだしてくる。それはいわずと知れたベルト・コンベーヤーで、掘った土をその上に乗せて穴の外へはこび出す器械だった。
技師と見える人が四五名、流れ出てくる土をしきりに調べている。
すると、タクマ少年が叫んだ。
「あ、金だ。黄金だ。ふうん、やっぱりそうだったんだよ、海溝には黄金があるという噂《うわさ》があったんだが、本当だった」
「えッ、これが金か? すごいなあ」
僕は、土の流れの中からぴかぴか光るやつを、手に拾いあげて思わず大きな声を出した。
悲願《ひがん》の黄金《おうごん》
僕はタクマ少年の案内で、海溝の排水地区《はいすいちく》から、またもや動く道路に乗って下町へ向かった。
僕は、動く道路の上にうずくまり、複雑な思いに渋い顔をしていた。
金だった。黄金が海溝の底から掘り出されていたのだ。あんなにたくさんの量の黄金を見たのは始めてだ。すばらしい富だ。あれを使えば、いろいろなものが買えるだろう。僕は非常に興奮《こうふん》して来た。
なんとかして、あの金を持って帰りたいものである。二十年前の世界――すなわち、現に僕が一人の生徒として住んでいる焼跡だらけの世界へ?
それはむずかしいことだ。
考えれば考えるほど、むずかしいことだ。二十年も前へ物を移すということは、二十|粁《キロ》後へ物をはこぶこととは違って、甚《はなは》だ困難なことだ。いや、絶対に出来ないことのように思われる。
(しかし、何とか出来ないものかなあ。あれだけの黄金が、いま日本にあれば、復興《ふっこう》のためや、食料輸入のために、ずいぶん役に立つんだがなあ)
いくらはげしい希望であっても出来ないことは出来ないんだ。あきらめるより外《ほか》ないのか。
(いや、待てよ。時間器械というものが、すでに発明されていて百年昔へ行くことも出来るし、僕がいまやっているように二十年先の未来へ行くことも出来るんだ。そういう器械が出来ている以上、何か工夫をすれば、あの黄金を二十年前の焼跡だらけの東京へ持って帰ることが出来るのではないか。――そうだ、僕はこのことを、これから真剣になって研究しよう)
僕がこんな無謀《むぼう》に近いことを思いたったのを、諸君はあざ笑わないことと思う。ぺこぺこのお腹を抱《かか》え、あの焼跡に立ってみれば、誰だって僕と同感になるだろう。
この悲願を、僕は二十年後の世界の、動く道路の上で思いたったのである。これから僕は、この実現に、あらゆる知恵をしぼり、あらゆる努力を払い、一日も早く目的を達したいと思う。
「あっ、待てよ。一日な
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